医療事務のAI活用|受付とレセプト前を軽くする5業務
業務効率化支援を行う「Ai-Raku(アイラク)」代表。国立大学でAIの研究を行い、ITコンサル・ウェブコンサルを経て独立。官公庁向けの業務効率化や上場企業の支援等を経て、中小企業の現場に定着するAI活用を企画から運用まで一気通貫で支援している。著書に『中小企業のAI定着の教科書 — 入れた後に、何をするか』(2026年)。

「受付と電話と会計に追われて、事務仕事が終わらない」。クリニックや医院の事務長、院長からいただく相談で、いちばん多いのがこの言葉です。次に続くのが「レセプトの前になると、確認だけで何時間も溶ける」、そして「事務が1人辞めると業務が止まる」という話です。
医療事務は、患者対応と保険請求という性質のまったく違う仕事を、同じ人が同じ時間帯にこなす職種です。しかも診療報酬という公的なルールが2年ごとに動き、患者の情報は法律上もっとも慎重な扱いを求められる種類のものです。だから「AIで効率化」という言葉が、他の業種よりも一段むずかしく聞こえます。
この記事では、医療事務のAI活用を「事務職の1日の仕事に沿って、下書き・整理・要約・確認の補助だけを任せる」という一点に絞って解説します。受付と電話、院内文書、申し送り、そしてレセプト前の前段整理。この5つを、厚生労働省と個人情報保護委員会の一次情報にもとづく線引き表、内科クリニックのモデルケース試算、そのまま使えるプロンプト例4つまで落とし込みます。
当社はAI導入支援を行う事業者で、本業は生成AIによる事務作業の効率化です。医事コンピュータ(レセコン)や電子カルテのベンダーではありません。だからこそ、システムの話は「そちらは別の会社の領域です」と正直に申し上げたうえで、日々の事務の話を深く書きます。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の医療機関に対する助言ではありません。診療報酬の算定可否、レセプトの査定・返戻に関する判断、医学的判断については、生成AIに委ねてはならない領域として扱っています。これらは審査支払機関、地方厚生局、各医療機関の責任者、医師の判断によるべきものです。
また、本記事はAIの導入によって収益や患者満足が向上することを保証するものではありません。院内掲示や案内文を作成する際は、医療広告に関する法令およびガイドラインを必ずご確認ください。
- 医療事務でAIに任せてよい範囲と、人が必ず判断すべき範囲の線引き表
- 受付・電話・院内文書・申し送り・レセプト前整理という5業務の具体的な使い方
- そのままコピーして使えるプロンプト例4つ(患者情報を入れない書き方つき)
- 常勤医1名の内科クリニックが月35時間を減らすまでのモデルケース試算
- 要配慮個人情報を扱う職場で守るべき5つのルール(一次情報つき)
- 医療事務でよくある失敗3つと、その防ぎ方
- 「医療事務の仕事はAIでなくなるのか」への、誠実な答え
結論:AIは下書きと整理まで
先に結論を書きます。クリニックの医療事務で生成AIを使うなら、任せてよいのは「下書き・整理・要約・確認の補助」までです。診療報酬の算定判断、レセプトの点検結果の確定、患者への最終的な説明、医学的な判断は、すべて人が行います。この線を最初に引かないまま導入すると、便利さより先に事故が来ます。
理由は3つあります。
- 誤りが患者と医院の請求に直結する。文章の下書きが多少ずれても書き直せば済みますが、算定の誤りは返戻・査定、あるいは患者の自己負担額の誤りにつながります。取り返しの付き方がまったく違います
- 患者の情報は法律上もっとも慎重な種類にあたる。診療録に記載された病歴や、診療の過程で医療従事者が知り得た診療情報は、個人情報保護法上の要配慮個人情報にあたります(出典:個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」)
- 算定と請求の機械化は、すでに国の政策として進んでいる。医院が独自に生成AIで代替しにいく領域ではありません。後述するとおり、共通算定モジュールや標準型レセコンの整備が国の工程として動いています
逆に言えば、この3つに当たらない仕事、つまり「文章を書く」「メモを整える」「調べたことをまとめる」「抜けを指摘してもらう」という部分は、今日から任せられます。そしてクリニックの医療事務の時間の少なくない部分が、実はここに使われています。
この順番は当社の独自見解ではありません。厚生労働省は医療DXの目的の1つに「医療機関等の業務効率化」を挙げており、全国医療情報プラットフォームの創設、電子カルテ情報の標準化等、診療報酬改定DXの3本柱で取組を進めるとしています(出典:厚生労働省「医療DXについて」)。国が仕組みで解こうとしているのは、まさに算定と請求の部分です。医院が手元で解くべきは、その外側にある日々の文章と記録の仕事です。
クリニック事務の1日と詰まり
効率化の話に入る前に、医療事務の1日がどこで詰まるのかを具体的に見ておきます。ここを飛ばすと、いちばん重い場所ではなく、いちばん分かりやすい場所を効率化してしまいます。
受付と電話が同時に来る
クリニックの受付は、目の前に患者が並んでいる状態で電話が鳴る職場です。電話の内容は、診療時間の確認、予約の変更、健診の申込み、証明書の発行状況、薬の相談、初診の持ち物の確認と多岐にわたります。そしてその多くは毎日ほぼ同じ内容です。
問題は、同じ内容であっても回答が口伝えで、人によって言い方が違うことです。「前に電話したときと言われたことが違う」という患者からの指摘は、クリニックで起きるトラブルのなかでも上位に入ります。ここは、AIに定型の返答文を整備させて、紙とチャットの両方に置いておくだけで、かなり減らせる領域です。
会計と保険証確認の負担
会計と資格確認も、事務の時間を細かく削っていく仕事です。オンライン資格確認の導入により、資格情報の確認そのものは以前より機械的になりましたが、資格情報が取得できない場合の対応、公費や医療費助成の確認、限度額の説明といった例外処理は残ります(出典:厚生労働省「オンライン資格確認について(医療機関・施術所等、システムベンダ向け)」)。
そして例外処理は、たいてい経験の長い1人に集中します。その人が休んだ日に窓口が止まる、という構造がここで生まれます。生成AIに任せられるのは会計そのものではなく、この例外処理の手順を、誰でも読める文章に落とすことです。
レセプト前に一気に来る
月初のレセプト業務は、医療事務の仕事のなかで最も負荷が集中する場面です。ここで実際に時間を食っているのは、点数表を読む時間そのものよりも、その前の準備であることが多くあります。病名の記載漏れの洗い出し、算定要件に関わる書類の有無の確認、月内の変更事項の把握、医師への確認事項の整理。いわば「点検にかける前に、確認すべき点を並べる」作業です。
この前段整理は、AIに手伝わせてよい領域です。ただし点検の結論をAIに出させてはいけません。生成AIは、実在しない算定要件をもっともらしく作ることがあります。詳しくは後半の線引き表で整理します。
人が抜けると止まる構造
クリニックの事務は、多くが2名から4名の小さなチームです。厚生労働省の調査によると、令和6年10月1日現在の一般診療所は105,207施設で、このうち無床の診療所が99,792施設、全体の94.9パーセントを占めています(出典:厚生労働省「令和6(2024)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」)。つまり医療事務の多くは、小規模な組織で働いています。
小さいチームでは、業務が人に張り付きます。「この作業はAさんしか分からない」が3つ4つあるだけで、Aさんの退職がそのまま業務停止になります。手順書を作ればよいのは全員が分かっていますが、その手順書を書く時間が取れないから、いつまでも作られません。生成AIがいちばん効くのは、実はこの「手順書が書けない」問題です。
クリニック事務の詰まりは、受付と電話の重なり、例外処理の属人化、レセプト前の前段整理、そして手順書が作られないことの4つに集約されます。いずれも「文章を書く時間がない」ことが原因の一部になっています。ここが生成AIの守備範囲です。
医療事務を取り巻く数字
感覚ではなく数字で、医療事務の置かれている環境を確認しておきます。ここを押さえておくと、院長やスタッフに説明するときの言葉が変わります。
一般診療所は10万5千施設
前述のとおり、令和6年10月1日現在の一般診療所は105,207施設で、前年に比べ313施設増加しています。歯科診療所は66,378施設で440施設減少、病院は8,060施設で62施設減少しました。有床の一般診療所は5,415施設で226施設減少し、無床は99,792施設で539施設増加しています(出典:厚生労働省「令和6(2024)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」)。
この数字が示しているのは、ベッドを持たない小さなクリニックが増え続けているということです。大きな病院のように事務部門を分業できる組織ばかりではありません。受付も会計もレセプトも院内文書も、同じ数名が兼ねる形が標準です。
電子カルテ普及率は55%
一般診療所の電子カルテシステムの普及率は、令和5年時点で55.0パーセント(57,662施設/104,894施設)です。平成29年は41.6パーセント、令和2年は49.9パーセントでしたので、6年で13ポイント余り伸びています。一般病院では65.6パーセント、400床以上の病院では93.7パーセントに達しています(出典:厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況の推移」、原典は医療施設調査)。
厚生労働省は、医療機関等において情報化を進めることにより、これまで紙でやりとりしていた院内業務や医療機関間における情報連携が効率的に行えることが期待される、としています(出典:厚生労働省「医療分野の情報化の推進について」)。
言い換えれば、一般診療所の約45パーセントは、まだ紙カルテを使っているということです。「電子カルテがないからAIなんて無理」と考える必要はありません。生成AIはカルテと接続して使うものではなく、電話の返答文や院内の手順書といった、カルテの外側の文章を扱う道具として先に効きます。むしろ紙カルテの医院ほど、文章と記録が人の頭の中にあるため、整理の効果が大きく出ます。
医療DXが目指す負担軽減
国の側の動きも押さえておきます。厚生労働省は医療DXについて、1.国民の更なる健康増進、2.切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供、3.医療機関等の業務効率化、4.システム人材等の有効活用、5.医療情報の二次利用の環境整備の5点の実現を目指すものと説明しています(出典:厚生労働省「医療DXについて」)。
そのうち診療報酬改定DXについては、最終ゴールとして「進化するデジタル技術を最大限に活用し、医療機関等における負担の極小化をめざす」と明記され、中小病院・診療所等においても負担が極小化できるよう標準型レセプトコンピュータの提供も検討する、とされています。共通算定モジュールは、クラウド型レセコンを利用している医科診療所等にも令和8年度から提供を開始する方針が示されています(出典:厚生労働省「診療報酬改定DX 対応方針」)。
あわせて、医科診療所向けおよび中小病院向けの電子カルテ・レセプトコンピュータの標準仕様書(基本要件)も公表されています(出典:厚生労働省「中小病院向け・医科診療所向け電子カルテ及びレセプトコンピュータ標準仕様書(基本要件)」)。電子処方箋についても、2026年6月に「医療機関(主に医科診療所)向け電子処方箋導入スターターキット(第1.0版)」が公表されています(出典:厚生労働省「電子処方箋」)。
ここで重要なのは、算定と請求の機械化は国の仕組みとして進んでいるという事実です。医院が生成AIで代替しにいくべき領域ではありません。医院の側でやるべきことは、その仕組みが入るまでのあいだ、そして入った後も残る「人が文章にしなければならない仕事」を軽くしておくことです。
AIに任せてよい業務の線引き
ここが本記事の中心です。医療事務でAIを使うかどうかは、ツール選びの前に線引きを決めることから始めます。決めずに始めると、便利な使い方と危険な使い方が同じ場所に混ざります。
任せてよい業務と人の判断
当社が医療機関のご相談を受けるときに最初にお渡しするのが、次の表です。左が生成AIに任せてよい範囲、右が人が必ず行うことです。
| 業務 | AIに任せてよい範囲 | 人が必ず行うこと |
|---|---|---|
| 受付・電話対応 | よくある質問への定型返答文の下書き、言い回しの統一、多言語の下訳 | 患者ごとの個別事情の判断、伝える相手と場面の選択、実際の応対 |
| 予約・案内 | 案内文・休診のお知らせ・掲示物の下書き | 掲載内容が医療広告に関する法令等に適合するかの確認、掲示の可否 |
| 資格確認・会計 | 例外処理の手順書の作成、説明文の言い換え | 資格情報の確認、公費・助成の適用判断、金額の確定 |
| レセプト(診療報酬請求) | 確認すべき観点の一覧づくり、医師への確認事項の文章化、過去の指摘事項の整理 | 算定の可否判断、点検結果の確定、請求内容の最終責任 |
| 診療録・カルテ記載 | (原則として使わない) | 記載内容のすべて。医師・看護師の職責に属する |
| 院内文書・様式 | 同意説明文書のたたき台、案内文、封筒同封文の下書き | 医学的内容の確認、法令・院内規程との整合の確認、最終承認 |
| 申し送り・引き継ぎ | メモの整形、抜けの指摘、手順書への書き起こし | 事実関係の確認、患者に関わる部分の記載可否の判断 |
| 求人・労務・研修 | 求人票の下書き、研修資料の構成案、手順書の更新 | 労働条件の決定、就業規則との整合の確認 |
この表の肝はレセプトの行です。左の列に入っているのは「観点を並べる」「文章にする」「整理する」だけで、点数や算定要件の判断は1つも入っていません。ここを混ぜないことが、医療事務でAIを使う際の最大の条件です。
レセプトは判断させない
なぜ判断させてはいけないのか。生成AIの出力は、確率的な相関関係にもとづいて生成されるため、不正確な内容が含まれるリスクがあると個人情報保護委員会も明示しています(出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」)。自然な文章として出力されるため、誤りが「もっともらしく」見えるのが厄介な点です。
診療報酬は2年ごとに改定され、地方単独の公費や施設基準の届出状況によっても扱いが変わります。生成AIが学習した時点の情報が古い可能性は常にあり、しかもどの時点の情報にもとづいて答えたのかを出力から判別できません。算定の根拠は、点数表、告示、通知、疑義解釈といった原文と、審査支払機関や地方厚生局への確認によるべきものです。
ではAIをどう使うか。答えは「調べる方向を出させる」です。たとえば「この加算で確認すべき観点を、要件・記録・書類・時期の4区分で列挙して」と指示し、出てきた観点を人が原文に当たって潰していく。この使い方であれば、AIが間違えても、人が原文で確認する工程が残るため、誤りが請求まで通りません。
線引きを1枚の紙にする
線引きは、頭の中にあるだけでは守られません。個人情報保護委員会が公表した医療機関向けの注意喚起では、内規で第三者提供に許可が必要と定めていたにもかかわらず、従業者がその内規に違反して提供していた事例が指摘されています。同委員会はこれを、組織体制の整備や従業者に対する監督といった安全管理措置が講じられていなかったことの証左とも言える、と整理しています(出典:個人情報保護委員会「注意喚起(医療機関向け)」)。
ルールを作るだけでは足りず、周知と確認までが1組だという指摘です。実務では、上の表をA4用紙1枚に印刷し、受付のパソコンの横に貼るところまでをセットにしてください。ルール文書そのものの作り方は社内AIルールの作り方で詳しく解説しています。
AIで軽くなる5つの事務
線引きが決まったら、具体的にどの業務から手を付けるかです。クリニックの医療事務で効果が出やすい順に、5つ挙げます。
問い合わせと電話の下準備
最初に手を付けるべきはここです。電話で聞かれる内容は毎日ほぼ同じですから、よくある質問と、その標準的な回答文を50問ほど作ってしまうのが最短です。1問ずつ手で書くと数日がかりですが、生成AIに「クリニックの受付でよく聞かれる質問を挙げて、それぞれに丁寧な回答の下書きを作って」と頼めば、たたき台は数十分で揃います。
そのうえで人がやることは3つです。院内の実態に合わない回答を直すこと、医学的な内容が混ざっていたら削ること、そして院長と看護師に見てもらって承認を得ることです。できあがった一覧は、電話機の横に紙で置き、共有フォルダにも入れます。新人が入ったときの教育資料にもそのまま使えます。
問い合わせの受け方そのものを整理したい場合は、問い合わせ管理の方法と受付業務の効率化もあわせてご覧ください。
レセプト前の確認リスト
2つ目は、レセプト前の前段整理です。繰り返しますが、点検そのものではなく、点検の前に「何を見るか」を並べる作業です。
実務では、前月に返戻や査定があった項目、算定件数の多い加算、院内で運用が変わった項目を、毎月同じ形の確認リストに落としておきます。この確認リストを毎月ゼロから作り直しているクリニックは少なくありませんが、前月のリストと今月の変更点をAIに渡せば、差分を反映した新しいリストの下書きが作れます。
もう1つ効くのが、医師への確認事項の文章化です。「この日のカルテ記載について確認したい点がある」という内容を、忙しい医師が3秒で読める形に整えるのは意外に手間のかかる作業です。箇条書きのメモを渡して「診療の合間に読める短い確認依頼文にして」と頼むと、そのまま渡せる文章になります。
院内文書と説明文の下書き
3つ目は院内文書です。休診のお知らせ、予防接種の案内、健診の申込み手順、初診の持ち物、待ち時間についての掲示。こうした文章は、書く頻度は低いのに毎回ゼロから考えるため、1本あたり30分から1時間かかります。
ここは生成AIの得意分野です。ただし医療広告に関する規制には十分な注意が必要です。治療の効果に関する断定的な表現、他院との優劣を示す表現、体験談の引用などは、AIが「良い文章」を作ろうとして自然に入れてくることがあります。プロンプトに「効果を断定する表現、他院との比較、体験談は使わない」と明記し、掲示前に必ず院長が確認する運用にしてください。
申し送りと引き継ぎの記録
4つ目が、属人化への対策です。前述のとおり、クリニックの事務は人が抜けると止まります。対策は手順書ですが、手順書を書く時間が取れないのが実情です。
現実的な方法は、やっている人に3分だけ話してもらい、その音声入力の文章をAIに整形させることです。「この作業を初めての人ができるように、手順書の形にして。前提条件、使う画面、順番、つまずきやすい点、困ったときの連絡先の順で」と指示すると、たたき台が出ます。あとは本人が読んで直せば、30分で1本の手順書ができます。
この方法を続けると、半年で20本から30本の手順書が溜まります。手順書づくりの進め方そのものはマニュアル作成をAIで行う方法で詳しく扱っています。なお、介護施設の記録業務やケアプラン作成のAI活用は論点が異なりますので、医療・介護のAI活用とケアプランとLIFE対応をご覧ください。
予約と案内文の作成
5つ目は、予約変更や結果の連絡といった患者への案内文です。ここは効率化の余地が大きい一方で、患者情報の扱いに最も注意が必要な領域でもあります。
原則として、患者の氏名、生年月日、被保険者番号、病名、検査結果を生成AIに入力しないでください。案内文は雛形として作り、氏名や日時は人が後から差し込む運用にします。「(患者名)様」「(日付)」という空欄のままAIに文章を作らせ、送付時に人が埋める。これだけで、入力される情報から個人が特定される可能性を大きく下げられます。
そのまま使えるプロンプト例
ここからは実物です。生成AIに入力する指示文をプロンプトと呼びます。以下の4つは、コピーして自院の言葉に差し替えれば、そのまま使えます。いずれも患者の個人情報を入力しない前提で書いています。
問い合わせ返答の下書き
電話でよく聞かれる質問と、その回答文を一気に整備するためのプロンプトです。
あなたは診療所の受付業務に詳しい事務担当者です。 以下の条件で、電話や窓口でよく聞かれる質問と、その回答の下書きを作ってください。 【当院の前提】 ・診療科:内科(一般内科・生活習慣病) ・診療時間:平日9時から12時30分、15時から18時。木曜午後と土曜午後、日祝は休診 ・予約:一部予約制。予約なしの受診も可 ・支払い:現金とクレジットカードに対応 ・その他:紙カルテ。オンライン資格確認に対応 【作ってほしいもの】 ・よくある質問を30問、カテゴリ別(受診方法/時間・休診/費用・支払い/ 書類・証明書/薬・処方/その他)に分けて列挙 ・各質問に、電話でそのまま読める2文から4文の回答の下書き 【守ること】 ・医学的な判断や助言は書かない。症状の相談は「医師にお伝えします」と案内する形にする ・治療の効果を断定する表現、他院との比較、体験談は使わない ・当院の前提に書いていないことは推測で書かず、「要確認」と明記する ・敬語は丁寧すぎず、電話で聞き取りやすい長さにする
このプロンプトの肝は「書いていないことは推測で書かず、要確認と明記する」という指示です。これを入れないと、AIは体裁を整えようとして、実在しない診療内容や料金を書き足します。「要確認」が付いた項目だけを人が埋めれば、確認漏れが起きません。
確認リストを作るプロンプト
レセプト前の前段整理に使います。算定の可否は聞かず、確認すべき観点だけを出させるのが要点です。
あなたは診療所の医療事務の業務手順を整理する担当者です。 私は月初のレセプト作業の前に、院内で確認しておく項目を洗い出したいです。 点数や算定の可否は判断しないでください。確認すべき「観点」だけを列挙してください。 【今月の院内の変更点】 ・(例)新しく始めた検査がある ・(例)担当の非常勤医師が交代した ・(例)先月、記載内容についての指摘が2件あった 【出力の形】 1. 確認の観点(1行で簡潔に) 2. どこを見るか(カルテ/レセコン/届出書類/院内の記録 など) 3. 誰に確認するか(医師/看護師/事務責任者/外部の窓口) 4. 判断の根拠として当たるべき資料の種類(点数表/告示・通知/疑義解釈/院内規程) 【守ること】 ・具体的な点数、加算の名称、算定要件の内容は書かない ・「〜は算定できます」「〜は認められません」という断定は絶対にしない ・不確かな点は「原文で要確認」と明記する ・観点は20項目以内にしぼり、優先度の高い順に並べる
「点数や算定の可否は判断しない」と最初に宣言させることで、AIが結論めいた文章を出す確率を大きく下げられます。出てきた観点は、必ず点数表や通知の原文、あるいは審査支払機関への確認で潰してください。AIが出すのは作業の地図であって、答えではありません。
申し送りを引き継ぎ書に
属人化を崩すためのプロンプトです。担当者に3分話してもらった内容を貼り付けて使います。
あなたは業務手順書を作る担当者です。 以下は、当院の事務担当者が自分の作業をそのまま口で説明した内容です。 これを、初めての人でも同じ作業ができる手順書の形に整えてください。 【出力の形】 ・作業の名前 ・目的(この作業は何のために行うか) ・いつ行うか(頻度・締切) ・必要なもの(画面、書類、権限、連絡先の種類) ・手順(番号付き。1手順1動作で書く) ・つまずきやすい点と、そのときの対処 ・判断に迷ったら誰に聞くか(役割で書く。個人名は書かない) ・この作業で扱う情報の種類(患者情報を含むかどうかを明記) 【守ること】 ・話していないことは補わない。分からない項目は「要確認」と書く ・患者の氏名、生年月日、被保険者番号、病名、検査結果は書かない。 貼り付けた文章に含まれていたら「(患者情報のため削除)」に置き換える ・院内の固有名詞は、話に出てきたものだけを使う 【話した内容】 (ここに音声入力した文章を貼り付ける)
3つ目の指示が重要です。話し言葉には患者の情報が自然に混ざります。「先週いらした患者さんのときは」に続けて氏名が出る、という言い方は現場では普通に起きます。貼り付ける前に人が消すのが原則ですが、消し忘れに備えて、AI側にも置き換えを指示しておきます。
案内文と掲示文の下書き
休診のお知らせや予防接種の案内など、院内に掲示する文章を作るためのプロンプトです。医療広告に関する禁止事項を、指示として先に書いておくのがこのプロンプトの要点です。
あなたは診療所の広報文書を作る担当者です。 以下の内容で、院内に掲示する案内文の下書きを作ってください。 【伝えたいこと】 ・(例)インフルエンザの予防接種を10月1日から開始する ・(例)予約は電話または窓口で受け付ける ・(例)費用と対象年齢は別紙のとおり ・(例)当日は問診票の記入が必要 【出力の形】 ・見出し(1行、15字以内) ・本文(3段落以内。1段落は3文まで) ・箇条書きの案内(日時・受付方法・持ち物) ・問い合わせ先の案内文(電話番号は「(電話番号)」と空欄にする) 【守ること】 ・治療や予防の効果を断定する表現は使わない ・他の医療機関との優劣や比較を示す表現は使わない ・患者の体験談、感想、症例の紹介は入れない ・「必ず」「絶対」「安心です」といった保証を思わせる語を使わない ・費用、対象年齢、日時など数字にかかわる部分は、 こちらが書いた内容以外は書かず、書いていないものは「(要記入)」とする ・高齢の患者が読むことを想定し、一文を短くする
禁止事項を6つ並べているのは、生成AIが「読ませる文章」を作ろうとして、こうした表現を自然に入れてくるためです。それでもすり抜けることはありますので、掲示や配布の前に必ず院長が確認する工程は省かないでください。判断に迷う内容は、所管の保健所等にご確認ください。
自院用に直すときのコツ
上の4つは、そのままでも動きますが、自院向けに直すと精度が上がります。直し方は3つです。
1つ目は、前提を具体的に書くこと。診療科、診療時間、予約の有無、支払い方法、カルテの種類。この5つを書くだけで、出てくる文章が「どこかの病院の一般論」から「うちの話」に変わります。
2つ目は、禁止事項を先に書くこと。「医学的判断をしない」「効果を断定しない」「患者情報を書かない」「推測で埋めない」。この4つは、医療機関で使うすべてのプロンプトに共通で入れてよい指示です。
3つ目は、出力の形を固定すること。項目名を並べて指定すると、毎回同じ形で返ってきます。形が揃うと、後から検索でき、他の人が読めるようになります。プロンプトの考え方そのものはAIリテラシーとは何かでも整理しています。
【モデルケース】内科クリニック
以下は実在の医療機関の実績ではなく、当社が想定する典型的な状況にもとづくモデルケース(試算)です。実際の効果は、診療科、患者数、現在の事務のやり方、担当者の習熟度によって大きく変わります。効果を保証するものではありません。
想定する状況
都市部の住宅地にある内科クリニックC。院長(常勤医1名)、看護師3名、医療事務3名(うち1名は週3日勤務)という構成で、1日の外来患者は60名前後です。カルテは紙で、レセコンとオンライン資格確認は導入済みという、一般診療所として標準的な状態です。
困っているのは次の点です。受付が電話に取られて会計が滞る。同じ質問への回答が人によって違う。月初のレセプト前の準備が事務長1人に集中する。院内文書は院長が夜に書いている。10年勤めた事務スタッフの退職が決まっており、その人しか知らない手順がいくつもある。
この「1人しか知らない手順がある」という状態が、クリニックで最も重いリスクです。C院では、退職までの3か月を、手順書づくりの期間と位置づけました。
月間の削減時間の試算
事務作業を5つに分解し、AI導入前後の月間時間を試算しました。前提は、時間当たりの人件費を2,000円と仮定し、レセプト前の作業など月内で偏りのある業務は月合計で計上しています。
| 事務作業 | 導入前 (時間/月) |
導入後 (時間/月) |
削減時間 (時間/月) |
金額換算 (円/月) |
|---|---|---|---|---|
| 電話・問い合わせの定型回答 | 24 | 14 | 10 | 20,000 |
| レセプト前の確認リスト作成 | 16 | 9 | 7 | 14,000 |
| 院内文書・案内文・掲示物 | 10 | 4 | 6 | 12,000 |
| 申し送り・引き継ぎメモの整理 | 12 | 5 | 7 | 14,000 |
| 手順書・マニュアルの作成更新 | 8 | 3 | 5 | 10,000 |
| 合計 | 70 | 35 | 35 | 70,000 |
月35時間、年間にすると420時間です。この35時間は「なくなる」のではなく「別の用途に移せる」時間です。C院では、受付に人が立てる時間を増やすことと、退職者からの引き継ぎに充てる計画を立てました。
なお、この試算にレセプト点検そのものの時間短縮は入れていません。点検は人が行う前提で据え置いています。減っているのは、その前後にある「並べる」「書く」「整える」の時間だけです。
つまずいた点と直し方
正直に書きますが、C院も最初からうまくいったわけではありません。実際に起きやすいつまずきを3つ挙げます。
1つ目は、回答文が現場と合わなかったこと。最初にAIが作った30問の回答は、一般的なクリニックの話としては正しいものの、C院の実際の運用と違う箇所が7問ありました。ここは「前提を書いていなかった」ことが原因です。診療時間、予約の扱い、支払い方法を前提として書き足したところ、修正が必要な箇所は2問に減りました。
2つ目は、算定に関する質問をしてしまったこと。導入から2週間ほど経った頃、事務スタッフが「この加算は算定できますか」とAIに聞いてしまいました。返ってきた答えは、もっともらしい文章でしたが、根拠が示されていませんでした。ここでC院は線引き表を印刷して受付のパソコンに貼り、「算定に関することは聞かない、原文と窓口で確認する」を明文化しました。
3つ目は、患者名が混ざったこと。申し送りメモを整形させるとき、メモに患者の氏名が入ったまま貼り付けてしまった事例が1件ありました。幸い学習に利用されない設定のサービスを使っていましたが、C院はこれを機に「貼り付ける前に氏名を検索して消す」を手順書に明記し、置き換え指示をプロンプトにも組み込みました。
費用の考え方
当社の支援を利用する場合、初期費用0円、月額5万円が標準です。この中で、業務の棚卸し、線引き表の作成、プロンプトの作成と調整、院内での使い方の説明、運用が回るまでの伴走を行います。
これとは別に、生成AIサービス自体の利用料がかかります。1人あたり月額数千円程度が目安ですが、サービスとプランによって変わります。無料の範囲で試してから決めても構いません。
ここも正直にお伝えします。上の試算では、削減時間の金額換算(月70,000円)と当社の顧問料(月50,000円)の差は月20,000円ほどです。金額の差だけを見れば、大きな話ではありません。
それでも意味があるとすれば、「その35時間で何を残すか」にあります。C院の場合は、退職する人の頭の中を手順書として残すことでした。ここに時間を使えなければ、退職後に窓口が止まり、その損失は月20,000円では収まりません。逆に、属人化していない、辞める予定の人もいないというクリニックであれば、導入を急ぐ必要はありません。当社としては、そう申し上げます。
当社は、生成AIによる事務作業の効率化を専門とするAI導入支援の事業者です。医療機関向けには、線引き表の作成、受付と電話の回答文の整備、手順書づくりの伴走をお手伝いしています。支援の内容は医療・介護向けのAI導入支援にまとめています。費用は初期費用0円、月額5万円が標準です。まずは無料相談で、自院のどの業務から着手できるかをご相談ください。
患者情報を守る5つのルール
医療事務でAIを使うときに、避けて通れないのが患者情報の扱いです。ここは一次情報にもとづいて正確に書きます。
要配慮個人情報とは何か
まず定義です。個人情報保護法にいう要配慮個人情報とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいいます。
そして医療機関等で想定される要配慮個人情報について、個人情報保護委員会は次のように整理しています。診療録等の診療記録や介護関係記録に記載された病歴、診療や調剤の過程で患者の身体状況・病状・治療等について医療従事者が知り得た診療情報や調剤情報、健康診断の結果及び保健指導の内容、障害の事実、犯罪により害を被った事実等が挙げられる、というものです(出典:個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」)。
同ガイダンスはさらに、要配慮個人情報の取得や個人データの第三者提供には原則として本人同意が必要であり、要配慮個人情報である個人データについては、いわゆるオプトアウトによる第三者提供は認められていないと明記しています。つまり「あとから断ってもらえばよい」という運用は、医療機関の情報については成り立ちません。
患者情報は入力しない
結論として、当社が医療機関にお伝えしている原則は「患者を特定できる情報は、生成AIに入力しない」です。氏名、生年月日、住所、電話番号、被保険者番号、診察券番号、病名、検査結果、処方内容。これらは入力しません。
「氏名を伏せれば大丈夫か」という質問をよく受けますが、注意が必要です。個人情報保護法の考え方では、他の情報と容易に照合でき、それにより特定の個人を識別できることとなるものも個人情報に含まれます。実際、医療機関が提供した手術動画について、診療録や手術記録等と容易に照合でき特定の個人を識別できたため個人情報に該当する、と判断された事例があります(出典:個人情報保護委員会「注意喚起(医療機関向け)」)。小さなクリニックでは、年齢と病名と受診日だけでも個人が絞り込めてしまいます。
学習に使わせない確認
3つ目は、使うサービスの設定です。個人情報保護委員会は、個人情報取扱事業者があらかじめ本人の同意を得ることなく生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性があるとしています。そのうえで、このようなプロンプトの入力を行う場合には、当該生成AIサービスを提供する事業者が、当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求めています(出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」)。
本記事の立場は「そもそも患者情報を入力しない」ですが、それでも入力内容が学習に利用されない設定であることは、導入前に必ず確認してください。無料のサービスと法人向けのサービスでは扱いが異なることが多くあります。利用規約とプライバシーポリシーの該当箇所を印刷し、院内の記録として残しておくことをお勧めします。
医療情報システム全体の安全管理については、厚生労働省が「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」を定めており、令和8年6月に第7.0版へ見直されています。概説編、経営管理編、企画管理編、システム運用編、保守委託機関編に分かれており、あわせて医療機関・薬局におけるサイバーセキュリティ対策チェックリストも公表されています(出典:厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版(令和8年6月)」)。
院内掲示と同意の考え方
4つ目は同意の取り方です。個人情報保護委員会のガイダンスは、医療機関等については、患者に適切な医療サービスを提供する目的のために通常必要と考えられる個人情報の利用範囲を施設内への掲示(院内掲示)により明らかにしておき、患者側から特段明確な反対・留保の意思表示がない場合には、その範囲内での利用について同意が得られているものと考えられる、という考え方を示しています(出典:個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」)。
ここで押さえておきたいのは、これが「患者に適切な医療サービスを提供する目的のために通常必要と考えられる範囲」についての考え方だという点です。事務の効率化のために外部サービスへ患者情報を渡すことが、この範囲に当然に含まれると考えるのは危険です。だからこそ、患者情報を入力しない運用にしておけば、この論点そのものを回避できます。
なお同ガイダンスは、検体検査、食事の提供、施設の清掃、医療事務の業務など、医療・介護関係事業者から委託を受けた業務を遂行する事業者においても適切な安全管理措置を講ずることが求められ、委託する側は本ガイダンスに沿った対応を行う事業者を選定し、定期的に確認する必要がある、としています。レセプト業務を外部委託しているクリニックは、この確認が自院の義務である点にご注意ください。
漏えいは報告義務がある
5つ目は、事故が起きたときの話です。個人情報保護委員会は、要配慮個人情報が含まれる個人データの漏えい等(またはそのおそれ)が生じた場合を、報告対象として明示しています(出典:個人情報保護委員会「漏えい等の対応と報告等」)。件数の多寡ではなく、含まれる情報の種類で報告義務が発生する点が重要です。診療情報を扱う医療機関では、この条件に該当しやすいという自覚が必要です。
あわせて厚生労働省は、医療機関等がサイバー攻撃を受けた場合や医療情報システムの障害が発生した場合の連絡先を公表しており、インシデント発生後速やかに連絡するよう求めています。また令和8年5月には、AI性能の高度化を踏まえたサイバーセキュリティ対策の強化についての注意喚起も出されています(出典:厚生労働省「医療分野のサイバーセキュリティ対策について」)。
参考までに、IPAが公表した「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、組織向けの脅威としてランサム攻撃による被害が4年連続で1位、AIの利用をめぐるサイバーリスクが初めて3位に選出されています(出典:IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」)。AI以前の基本的な対策が土台であることは変わりません。中小規模の組織全般の考え方は中小企業のセキュリティ対策にまとめています。
患者情報は入力しない。使うサービスの学習設定を確認する。同意の考え方は院内掲示の枠内で理解する。委託先の確認は自院の義務。漏えいのおそれがあれば報告する。この5つを押さえたうえで、文章と手順書の仕事だけをAIに渡す、という順番です。
医療事務でよくある失敗3つ
当社が医療機関のご相談を受けるなかで、実際に起きやすい失敗を3つ挙げます。いずれも対策とセットで書きます。
前提として、生成AIを入れるときの悩みは業種を問わず似ています。総務省の調査では、生成AI導入に際しての懸念事項について、日本では「効果的な活用方法がわからない」が最も多く、次いで「社内情報の漏えい等のセキュリティリスク」が挙げられています(出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」)。医療機関の場合は、この2つが同時に、しかも強く出ます。以下の3つの失敗は、その表れだと考えてください。
レセプト点検を任せる
最も重い失敗がこれです。「この算定は通りますか」「この病名で査定されませんか」とAIに聞き、返ってきた文章を根拠に判断してしまうパターンです。生成AIは根拠のない断定を、自然な文章で出力します。
防ぎ方は3つです。第1に、線引き表を紙で貼り、算定に関する質問はしないと決めること。第2に、プロンプトの冒頭に「算定の可否は判断しない」と明記すること。第3に、確認の根拠は必ず点数表・告示・通知・疑義解釈の原文、および審査支払機関や地方厚生局への問い合わせによると院内で共有することです。
患者名のまま貼り付ける
2つ目は、申し送りメモや問い合わせ記録を、患者の氏名が入ったままAIに貼り付けてしまう失敗です。悪意はなく、単に急いでいるときに起きます。
防ぎ方は、貼り付ける前の1動作を手順に組み込むことです。具体的には、貼り付け用のメモ帳を1つ決め、そこに一度貼ってから氏名を消す、という2段階にします。慣れるまでは、受付のパソコンに「貼る前に名前を消したか」と書いた付箋を貼ってください。人の注意力ではなく、手順で防ぎます。
1人だけが使って終わる
3つ目は、導入したものの事務長1人しか使わず、半年後に誰も触っていないという失敗です。これはクリニックに限らず、中小規模の組織で最も多いパターンです。
防ぎ方は、使う場面を1つに絞って全員に教えることです。C院のモデルケースでは、事務スタッフ全員に頼んだのは「作業を1つ、3分だけ話して手順書にする」ことだけでした。それ以外は求めません。1つの用途が定着してから、次を足します。最初から5つの用途を教えると、どれも定着しません。
始め方と1か月の進め方
最後に、実際の進め方です。医療事務は日々の業務が止められない職場ですから、いきなり全体を変えることはできません。1か月で1つ、を目安にします。
まず1業務だけ選ぶ
最初に着手する業務は、次の3条件で選んでください。1.患者情報を扱わない、2.毎月または毎週必ず発生する、3.文章を書く作業である。この3つを満たすものが、最初の1業務として最適です。
多くのクリニックでは、これは「電話でよく聞かれる質問への回答文の整備」か「手順書づくり」のどちらかになります。レセプト前の確認リストは効果が大きい一方で、算定の話と混ざりやすいため、線引きが院内に浸透してから着手するほうが安全です。
4週間の進め方
C院のモデルケースで実際に組んだ、4週間の進め方を示します。
| 時期 | やること | かける時間の目安 |
|---|---|---|
| 1週目 | 線引き表を作り、印刷して受付に貼る。使うサービスを1つ決め、学習設定を確認して記録に残す | 2時間 |
| 2週目 | 電話でよく聞かれる質問を30問、AIで下書き。事務全員で読んで直す | 3時間 |
| 3週目 | 院長と看護師に確認してもらい、確定版を紙と共有フォルダに置く | 2時間 |
| 4週目 | 手順書づくりを開始。1人1本、3分話して整形する形で試す | 2時間 |
合計9時間です。診療を止めずに進められる分量に収めることが、続けるための条件になります。「今月は1本だけ手順書を作る」で十分です。
続けるための決めごと
定着させるために、最初に3つだけ決めてください。
- 誰が管理するか。プロンプトと回答集を置く場所、更新する人を決めます。個人のパソコンに置かないこと
- いつ見直すか。診療報酬改定の時期、院内の運用変更時、そして半年に1度は必ず見直します
- 迷ったらどうするか。「判断に迷ったらAIに聞かず、事務責任者か院長に聞く」を明文化します
この3つを決めずに始めると、半年後に「誰が作ったか分からない古い回答集」が残ります。それは効率化ではなく、新しい属人化です。
よくある質問(FAQ)
Q. 医療事務の仕事はなくなる?
なくなるとは考えていませんが、仕事の中身は変わります。国は診療報酬改定DXの最終ゴールとして「医療機関等における負担の極小化」を掲げ、共通算定モジュールや標準型レセプトコンピュータの整備を進めています(出典:厚生労働省「診療報酬改定DX 対応方針」)。つまり、点数を調べて機械的に当てはめる部分は、政策として縮小する方向にあります。一方で、患者の話を聞く、例外を判断する、医師や看護師と調整する、請求の内容に責任を持つという部分は残ります。正直に申し上げれば、定型の入力と転記と調べ物の比重が高い働き方は縮む可能性があります。だからこそ、いま身につける価値があるのは「AIに任せる範囲を決められること」と「出てきたものを疑って確認できること」です。
Q. レセプト点検はAIに任せられる?
任せられません。当社は、算定の可否判断、点検結果の確定、請求内容の最終責任を、生成AIに委ねてはならない領域として扱っています。生成AIの応答は確率的な相関関係にもとづいて生成されるため、不正確な内容が含まれるリスクがあると個人情報保護委員会も明示しています(出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」)。任せてよいのは、確認すべき観点を並べる、医師への確認事項を文章にする、過去の指摘事項を整理するといった前段の作業までです。
Q. 患者の名前は入力してよい?
入力しないでください。氏名、生年月日、住所、被保険者番号、診察券番号、病名、検査結果、処方内容はすべて対象外とします。氏名を伏せても、年齢と病名と受診日の組み合わせで個人が絞り込める場合があります。他の情報と容易に照合でき特定の個人を識別できるものも個人情報に含まれるという考え方は、実際の医療機関の事例でも示されています(出典:個人情報保護委員会「注意喚起(医療機関向け)」)。
Q. 何から始めればよいですか?
電話でよく聞かれる質問への回答文の整備から始めるのが最も安全です。患者情報を扱わず、毎日発生し、文章を書く作業だからです。次に手順書づくり、その後にレセプト前の確認リストという順番をお勧めします。確認リストを先にすると、算定の判断とAIの使い方が混ざりやすくなります。
Q. 費用はどのくらいですか?
生成AIサービス自体は、1人あたり月額数千円程度が目安です(サービスとプランにより変わります)。当社の導入支援を利用する場合は、初期費用0円、月額5万円が標準で、業務の棚卸し、線引き表の作成、プロンプトの作成、院内での使い方の説明、運用が回るまでの伴走を含みます。まずは無料の範囲で試し、続きそうだと判断してから支援を検討する順番で構いません。
Q. 電子カルテがなくても使える?
使えます。生成AIはカルテと接続して使うものではありません。本記事で扱っている用途は、電話の回答文、院内文書、手順書、確認リストといったカルテの外側の文章です。一般診療所の電子カルテ普及率は令和5年時点で55.0パーセントで、約45パーセントはまだ電子化されていません(出典:厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況の推移」)。紙カルテの医院のほうが、手順が人の頭の中にある分、整理の効果は大きく出ます。
Q. パソコンが苦手でも使える?
使えます。手順書づくりについては、スマートフォンの音声入力で3分話し、その文章を貼り付けるだけで始められます。キーボードを長く打つ場面はほとんどありません。定着が早いのは、パソコンに詳しい人よりも、日頃からスマートフォンで長めのメッセージを送っている人です。
Q. 無料のAIを使ってよい?
患者情報を入力しない前提であれば、試す段階では無料の範囲で構いません。ただし本格運用に移す前に、入力内容が機械学習に利用されない設定であることを必ず確認してください。個人情報保護委員会は、個人データを含むプロンプトを入力する場合には、提供事業者が当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう求めています(出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」)。無料版と法人向けで扱いが異なることが多いため、規約の該当箇所を印刷して院内の記録に残すことをお勧めします。
Q. 院内掲示は必要ですか?
個人情報の利用範囲を院内掲示で明らかにしておく考え方は、個人情報保護委員会のガイダンスに示されています(出典:個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」)。ただしこれは、患者に適切な医療サービスを提供する目的のために通常必要と考えられる範囲についての考え方です。事務の効率化のために外部サービスへ患者情報を渡すことが当然に含まれると考えるのは危険です。患者情報を入力しない運用にしておけば、この論点自体が生じません。
Q. 情報が漏れたらどうなる?
要配慮個人情報が含まれる個人データの漏えい等、またはそのおそれが生じた場合は、個人情報保護委員会への報告対象となります(出典:個人情報保護委員会「漏えい等の対応と報告等」)。件数ではなく情報の種類で判断される点が重要です。またサイバー攻撃や医療情報システムの障害の場合は、厚生労働省への速やかな連絡も求められています(出典:厚生労働省「医療分野のサイバーセキュリティ対策について」)。連絡先と手順を、事前に1枚の紙にまとめておいてください。
Q. 医師の診断をAIに聞ける?
本記事が扱う範囲ではありません。医学的判断は医師の職責に属するものであり、事務職が生成AIに尋ねて判断の材料にするような使い方は想定していません。患者から症状の相談を受けた場合は、事務が回答するのではなく医師や看護師につなぐ、という運用を回答文の段階で決めておいてください。
Q. 介護施設の記録にも使える?
介護分野は論点が異なるため、別記事で扱っています。施設の記録業務、情報共有、書類作成については医療・介護のAI活用を、ケアプランやLIFE対応についてはケアプランとLIFE対応のAI活用をご覧ください。なお、介護関係記録に記載された情報も要配慮個人情報にあたるため、扱いの慎重さは医療と同じです。
Q. 案内文に効果を書ける?
医療広告に関する法令およびガイドラインの確認が必要です。治療の効果に関する断定的な表現、他院との優劣を示す表現、体験談の引用などには規制があります。生成AIは「良い文章」を作ろうとしてこうした表現を自然に入れてくるため、プロンプトに禁止事項として明記し、掲示や配布の前に必ず院長が確認する運用にしてください。判断に迷う場合は、所管の保健所等にご確認ください。
Q. 電子処方箋とAIの関係は?
直接の関係はありません。電子処方箋は国の医療DXの施策の1つで、導入手順や補助金の情報が公表されています。2026年6月には「医療機関(主に医科診療所)向け電子処方箋導入スターターキット(第1.0版)」が公表されました(出典:厚生労働省「電子処方箋」)。生成AIが役立つとすれば、導入時に院内向けの説明資料や手順書を作る場面です。制度の内容そのものは、必ず原文と支援窓口でご確認ください。
まとめ:判断は人、下書きはAI
最後に要点を整理します。
- 医療事務でAIに任せてよいのは、下書き・整理・要約・確認の補助まで。算定の判断と請求の責任は人が持つ
- 令和6年10月1日現在の一般診療所は105,207施設で、94.9パーセントが無床。事務は少人数で兼務するのが標準
- 一般診療所の電子カルテ普及率は令和5年時点で55.0パーセント。電子カルテがなくても始められる
- 効果が出やすいのは、電話の回答文、レセプト前の確認リスト、院内文書、申し送りの整形、手順書づくりの5つ
- モデルケース試算では月35時間の削減。ただし金額換算と顧問料の差は小さく、判断軸は「その時間で何を残すか」にある
- 患者を特定できる情報は入力しない。学習に使われない設定を確認し、委託先の確認は自院の義務として行う
- 要配慮個人情報の漏えい等またはそのおそれは、個人情報保護委員会への報告対象になる
厚生労働省が診療報酬改定DXの最終ゴールとして掲げた「医療機関等における負担の極小化」は、算定と請求という仕組みの側から負担を減らす取組です。一方、いま目の前で事務を止めているのは、電話に取られる時間であり、手順書が書けないことであり、確認事項を並べる作業です。仕組みが変わるのを待たずに、今日から減らせるのはこちらの側だと、当社は考えています。
そして最も大きな価値は、時間そのものより「1人の頭の中にしかない仕事が、読める文章として残ること」にあります。スタッフが辞めても窓口が止まらない状態をつくること。それが、クリニックの医療事務にとってのAI活用の本質だと考えています。
当社は、生成AIによる事務作業の効率化を専門とするAI導入支援の事業者です。線引き表の作成、電話と受付の回答文の整備、手順書づくりの伴走をお手伝いしています。医療・介護分野の支援内容は医療・介護向けのAI導入支援にまとめています。費用は初期費用0円、月額5万円が標準です。「何から手を付ければよいか分からない」「まず線引きだけ決めたい」という段階でも構いません。お問い合わせはこちらから、まずは無料相談でご相談ください。
本記事は一般的な情報提供であり、特定の医療機関に対する助言ではありません。診療報酬の算定に関する判断、レセプトの点検結果、医学的判断、医療広告に関する適否については、点数表・告示・通知等の原文、審査支払機関、地方厚生局、所管の保健所、および各医療機関の責任者・医師の判断によるものとしてください。また、AIの導入によって収益や患者満足が向上することを保証するものではありません。個人情報の取扱いについては、個人情報保護委員会のガイダンスおよび厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の最新版を必ずご確認ください。
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