医療機関のAI活用|問診・受付・電話・文書の6業務
業務効率化支援を行う「Ai-Raku(アイラク)」代表。国立大学でAIの研究を行い、ITコンサル・ウェブコンサルを経て独立。官公庁向けの業務効率化や上場企業の支援等を経て、中小企業の現場に定着するAI活用を企画から運用まで一気通貫で支援している。著書に『中小企業のAI定着の教科書 — 入れた後に、何をするか』(2026年)。

- AIを入れる場所は診療の手前と後ろ。診療そのものには入れない
- 最も効くのは問診票の事前入力。受付の滞留はここで決まる
- 患者情報を外部サービスに入れる前に、責任分界を文書で決める
- 症状から病名を推測させない。AIの出力を診療判断の材料にしない
結論:診療の前後だけを扱う
医療機関でAIを検討するとき、最初に引くべき線はここです。診療そのものには入れません。
この記事で扱うのは、次の6業務だけです。
| 業務 | AIの役割 | 診療判断に関わるか |
|---|---|---|
| 1. 問診票の事前入力 | 患者の入力を整えて医師に渡す | 関わらない |
| 2. 受付の案内 | 持ち物・保険証・待ち時間を答える | 関わらない |
| 3. 電話の一次対応 | 用件を聞き分け、必要な相手につなぐ | 関わらない |
| 4. 院内文書の下書き | 同意書・案内文・マニュアルを作る | 関わらない |
| 5. 予約と再診の案内 | 枠の案内、次回の連絡 | 関わらない |
| 6. 事務の定型作業 | 集計、書式の整理、転記 | 関わらない |
症状の評価、病名の推測、薬の判断、検査の要否。これらは1つも入っていません。この線を最初に引いておくと、あとの検討がすべて楽になります。
医療機関でAIが効く業務は6つ
なぜ「診療の前後」なのか。人手の制約が、そこに集中しているからです。
医師には2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されています。厚生労働省の建設業・ドライバー・医師等の時間外労働の上限規制によると、上限はA水準・連携B水準で年960時間、B水準・C水準で年1,860時間(いずれも休日労働を含む)です。副業・兼業先の労働時間も通算されます。
診療の時間そのものは削れません。削れるのは、診療の前後にある事務です。だからそこにだけ手を入れます。
効果が出る順番
- 問診票の事前入力(待合の滞留に直結する)
- 電話の一次対応(診療中の中断がなくなる)
- 院内文書の下書き(まとまった時間が空く)
- 受付の案内・予約・事務の定型作業(積み上げると効く)
この順で手を付けてください。1と2で体感が変わらなければ、3以降をやっても変わりません。
AI問診で受付前の入力を任せる
いちばん効くのがここです。ただし「AI問診」という言葉には2つの意味があり、片方は使いません。
| 入力の補助(使う) | 症状からの推測(使わない) | |
|---|---|---|
| やること | 患者が話した内容を、問診票の項目に整理する | 症状から考えられる病名を挙げる |
| 出力 | 整理された問診票 | 疾患の候補リスト |
| 誰が使うか | 医師が診察前に読む | — |
| 責任 | 内容の確認は医師 | — |
後者を導入しない理由は単純です。出力が診療の判断に影響する余地を作らないためです。患者が候補を見て不安になる、医師が引きずられる、外れたときの説明ができない。得られるものより失うもののほうが大きい。
前者の具体的な形
患者に来院前(または待合で)入力してもらい、その内容を問診票の様式に整えるだけです。
- いつから、どこが、どのように(自由記述で構わない)
- これまでにかかった病気、飲んでいる薬、アレルギー
- 今日いちばん困っていること
自由記述のままだと医師が読む時間がかかります。ここを整えるのがAIの仕事です。
整えるための指示文
以下は患者本人が入力した内容です。問診票の様式に整理してください。 【守ること】 - 患者が書いていないことは補わない。 空欄の項目は「記載なし」と書く - 病名・疾患名を推測して書かない。 患者本人が病名を書いている場合のみ、そのまま引用する - 症状の重症度を判定しない - 患者の言葉づかいはできるだけ残す。要約しすぎない - 医学用語への言い換えはしない 【整理する項目】 主訴/発症時期/経過/既往歴/内服薬/アレルギー/ 本日いちばん困っていること/その他 【患者の入力】 (ここに貼る)
「病名を推測して書かない」「重症度を判定しない」の2行が要です。これを入れないと、AIは親切に病名の候補や緊急度を書きます。それは問診票ではなく診療の判断になります。
医師が読む前提を変えない
整理された問診票は、あくまで下書きです。医師が診察で確認するという流れは、これまでと1つも変わりません。変わるのは、読む時間が短くなることだけです。
電話の一次対応をAIに回す
診療中に電話が鳴り、そのたびに手が止まる。これは受付が1〜2名の診療所で、必ず起きます。
振り分けの設計
| 用件 | 扱い |
|---|---|
| 診療時間・休診日・場所・駐車場 | AIが答える |
| 予約の申し込み・変更 | AIが受ける(枠の確定は運用次第) |
| 持ち物・保険証・紹介状の確認 | AIが答える |
| 症状の相談・受診すべきかの問い合わせ | 必ず人へ転送 |
| 薬の飲み方・副作用の相談 | 必ず人へ転送 |
| 検査結果の問い合わせ | 必ず人へ転送 |
| 急を要する連絡 | 必ず人へ転送 |
下の4つは例外なく人です。特に「受診すべきか」の問い合わせは、AIに答えさせてはいけません。これは受診勧奨の判断であり、電話の自動応答が担う範囲を超えます。
最初の一言で機械だと伝える
「ただいま自動音声で承ります」と先に言ってください。症状の相談をしたい人が、機械と気づかずに話し始めるのがいちばん避けたい状況です。そのうえで「お急ぎのご用件、体調のご相談は、そのまま『相談』とおっしゃってください」と案内し、確実に人へつなぎます。
電話対応そのものの設計はAI電話対応の導入で扱っています。
院内文書と同意書の下書き
院内には、誰かが時間を作って書くしかない文書がたまっています。
- 患者向けの案内文(検査の準備、受診の流れ、休診のお知らせ)
- 院内マニュアル(受付手順、感染対策、災害時の動き)
- 各種の掲示物
- 職員向けの連絡文書
これらは下書きをAIに作らせて、人が直すのがそのまま使えます。ゼロから書くより、直すほうが速いためです。
同意書は扱いが違う
同意書と説明文書は、下書きまでにとどめてください。記載すべき事項は法令や学会の指針で定まっているものがあり、抜けがあると同意の有効性そのものに関わります。
使い方としては「既存の同意書のどこが読みにくいかを指摘させる」「平易な言い換えの案を出させる」までが安全です。項目の追加・削除の判断は人が行い、必要なら専門家に確認してください。
診療への利用は分けて考える
画像診断の支援、心電図の解析といった医療機器としてのAIは、この記事の対象外です。これらは薬機法上の承認を受けた医療機器であり、汎用の生成AIとは制度上まったく別のものです。
混同すると危険なので、判断の基準を置いておきます。
| 種類 | 制度上の扱い | この記事の対象 |
|---|---|---|
| 汎用の生成AI(事務作業に使う) | 医療機器ではない | 対象 |
| プログラム医療機器(診断支援など) | 薬機法の承認・認証が必要 | 対象外 |
| 汎用の生成AIを診療判断に使う | — | やらない |
3つ目が最も危ういところです。「事務用に入れたAIを、つい診療の相談に使う」という流れは実際に起きます。だから導入時に、使ってよい業務を明文化しておく必要があります。
患者情報の扱いで守る線引き
ここは省略できません。医療機関がAIを含む外部サービスを使うときの拠りどころは2つあります。
1. 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン
厚生労働省の医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版(令和8年6月)は、概説編・経営管理編・企画管理編・システム運用編・保守委託機関編の5編で構成されています。医療機関等はこのガイドラインを遵守するよう求められています。
外部サービスやクラウドを使う場合の要点は、医療機関と提供事業者の間で責任分界を取り決めることです。どこまでが事業者の責任で、どこからが自院の責任か。これを口頭ではなく文書で持っておきます。
版を間違えないでください。第6.0版を前提にした解説が多く残っていますが、最新は第7.0版です。
2. 医療・介護関係事業者のガイダンス
個人情報保護委員会と厚生労働省の医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンスは、病院・診療所・薬局を対象としています。義務とされている内容を守らない場合、個人情報保護委員会が報告徴収・立入検査・指導・助言・勧告・命令を行うことがあると明記されています。
実務で決める4つのこと
| 決めること | 実務での落とし方 |
|---|---|
| 患者を特定できる情報を入れない | 氏名・生年月日・患者番号・住所は外に出さない。整理が必要な場面では記号に置き換える |
| 使うサービスを1つに限定する | 職員が各自のアカウントで自由に使う状態を作らない |
| 学習に使われない設定を確認する | 法人向けプランの設定を契約前に確認し、設定した記録を残す |
| 責任分界を文書にする | 利用規約・セキュリティ資料・SLAを保管し、どこまでが事業者の責任かを書き出す |
いちばん安全なのは、そもそも患者情報を入れない業務から始めることです。院内マニュアル、掲示物、職員向け文書。これらには患者情報が一切入りません。ここから始めれば、上の論点をいったん脇に置いて効果だけ確認できます。
費用と体制のモデルケース
内科の診療所を想定したモデルケース(試算)です。実測値ではなく、下の前提を置いた場合の計算です。
- 医師1名、看護師2名、医療事務2名の無床診療所
- 1日の来院患者は40名
- 問診票は紙。待合で記入してもらっている
- 診療中の電話は1日12本。うち8本は診療時間・持ち物などの定型
- 患者情報を入れない業務(院内文書)から開始する
| 項目 | 導入前 | 導入後(試算) |
|---|---|---|
| 問診票の読み取りと転記(1日40名) | 60分 | 25分 |
| 定型の電話対応(1日8本) | 32分 | 4分 |
| 院内文書・案内文の作成(1週間あたり) | 120分 | 40分 |
| 1日あたりの合計(文書は1日換算) | 116分 | 37分 |
差は1日79分です。診療日を月22日とすると、月あたり約29時間になります。
費用の内訳
| 項目 | 費用 | 備考 |
|---|---|---|
| 生成AIの法人向けプラン | 1人 月25〜30ドル前後 | 1ドル150円換算で月4,000円前後。改定されるため公式サイトで最新額を確認してください |
| AI問診の専用サービス | 公開している会社が少ない | 電子カルテとの連携可否で金額が変わる。自院の1日患者数を伝えて相見積もりを取る |
| AI電話サービス | 月額制が中心 | 受電数で段階が分かれることが多い |
| 導入支援(Ai-Raku) | 初期費用0円・月額5万円〜 | 使ってよい業務の明文化、指示文の作成、職員への説明まで |
金額の相場はこの記事では書きません。医療分野のサービスは料金を公開している会社が少なく、電子カルテとの連携の有無で桁が変わるためです。条件をそろえて相見積もりを取るほうが確実です。
最初の1か月の進め方
- 1週目:使ってよい業務と、使ってはいけない業務を1枚の紙にする
- 2週目:患者情報を含まない院内文書だけで試す
- 3週目:問診票の整理を、紙の問診票を見ながら手作業で試す(まだ導入しない)
- 4週目:効果があった業務だけを残し、正式な運用ルールにする
1週目の紙が最も重要です。これを作らずに始めると、職員が善意で診療の相談に使い始めます。
失敗する3つのパターン
1. 使ってよい業務を決めずに配る
アカウントだけ配って「便利だから使ってみて」と伝えると、必ず診療の相談に使われます。悪意ではなく、目の前に困っている患者がいるからです。
使ってよい業務を先に書き出してください。書いていないことはやらない、というルールにします。
2. 電子カルテとの連携から検討を始める
連携は最後です。連携を前提にすると、検討が半年止まります。電子カルテのベンダー、費用、改修の可否。決めることが一気に増えます。
まずは連携なしで効果を確認してください。手で貼るだけでも、問診票の読み取り時間は減ります。
3. 患者への説明を後回しにする
問診票の入力にAIを使うなら、患者にその旨を伝える必要があります。後から知られると、それ自体が不信につながります。
受付の掲示とウェブサイトに、何にAIを使っていて、何には使っていないかを書いてください。「診療の判断には使用していません」と明記することが、いちばんの安心材料になります。
よくある質問
電子カルテを変えないとできませんか
変えなくてもできます。ここで挙げた6業務は、いずれも電子カルテの外側の作業です。カルテの入れ替えは、この取り組みとは分けて検討してください。同時に動かすと、どちらの効果か分からなくなります。
AI問診で医師の負担は本当に減りますか
減るのは「読む時間」です。診察そのものの時間は変わりません。整理されていない自由記述を読む時間がなくなるぶん、患者と話す時間に回せる、という性質の効果です。診察時間の短縮を目的にすると、期待とずれます。
高齢の患者が多く、事前入力ができません
その場合、待合でのタブレット入力か、これまでどおり紙で書いてもらい、受付が読み取る形になります。後者でも効果はあります。手書きの内容を整理する作業は残るためです。ただし紙の読み取りにはAI-OCRが別途必要になります(AI-OCR比較)。
患者情報を入れずに、どこまでできますか
院内文書、マニュアル、案内文、掲示物、職員向け連絡。ここまでは患者情報が一切不要です。この範囲だけでも週2時間程度は変わります。まずここで効果を確認してから、患者情報を扱う業務に進む判断をしてください。
症状を入力すると病名を教えてくれる機能は使えませんか
使わないでください。汎用の生成AIは医療機器としての承認を受けておらず、診療の判断に用いることを想定していません。患者向けにその機能を提供することも避けてください。出力が外れたときに、医療機関が説明できる根拠がありません。
職員が抵抗しています
「AIが問診する」と説明すると抵抗されます。「患者さんが書いたものを、読みやすく清書する係を置く」と説明すると受け入れられます。実際にやっていることは後者です。加えて「診療の判断には使いません」を最初に伝えると、話が早く進みます。
まとめ
医療機関のAI活用は、診療を変える取り組みではありません。診療の前後にある事務を軽くする取り組みです。
- 扱うのは問診票・受付・電話・院内文書・予約・事務の6業務だけ
- 症状の評価、病名の推測、薬の判断、検査の要否は1つも入れない
- 効果の順番は問診票 → 電話 → 院内文書
- 指示文には「病名を推測しない」「重症度を判定しない」を必ず入れる
- 「受診すべきか」の電話は例外なく人へ転送
- 外部サービスを使う前に責任分界を文書にする(ガイドラインは第7.0版)
- 始めるなら患者情報を含まない院内文書から
- 使ってよい業務を1枚の紙にしてから配る
今日からできるのは、「使ってよい業務」と「使ってはいけない業務」を紙1枚に書くことです。導入するかどうかを決める前でも、この紙があるだけで事故が防げます。
どの業務から着手すべきか、責任分界の整理から含めてご一緒することもできます。お問い合わせからお気軽にご相談ください。初期費用0円・月額5万円から、業務の切り分けと定着まで伴走します。
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