ひとり情シスの負担をAIで減らす|優先順位の付け方
業務効率化支援を行う「Ai-Raku(アイラク)」代表。国立大学でAIの研究を行い、ITコンサル・ウェブコンサルを経て独立。官公庁向けの業務効率化や上場企業の支援等を経て、中小企業の現場に定着するAI活用を企画から運用まで一気通貫で支援している。

- まず何から手を付けるべきですか
- 最初の30日は記録だけです。問い合わせ窓口を1本にして、対応内容と所要時間を記録してください。そのうえで頻度×時間×手順の決まりやすさでスコアを付け、上位1件から着手します。記録なしで始めると、効果が測れず社内で説明できません。
- 社内の情報をAIに入れて大丈夫ですか
- 使うサービスの規約と設定次第です。まず「入力してよい情報・いけない情報」の線引きを先に決めてください。個人情報、人事情報、取引先の機密情報、認証情報は原則入れない、という最低限のルールから始めるのが現実的です。詳しくは社内AIルールの記事を参照してください。
- 手順書はどこまで細かく書くべきですか
- 判断基準は「社内システムを知らない人が読んで完了できるか」です。自分で判断せず、作った手順書をAIに読ませて「途中で手が止まる箇所を質問形式で挙げて」と聞いてください。返ってきた質問が、そのまま書き足すべき内容になります。
- 問い合わせ対応が雑になりませんか
- 「答えられないときは推測せず情シスに回す」と明示すれば防げます。正答率を上げることより、間違った手順を流通させないことのほうが重要です。最初は情シス自身が回答の下書きに使う段階から始め、間違い方を把握してから公開してください。
- 障害対応にAIは使えますか
- 「この症状のとき何を疑うか」の候補出しには使えます。ただし、どれを試すか、いつ業務を止めるか、どこまで復旧を待つかの判断は人が持ってください。自社の環境と業務影響を知らない相手には決められない部分です。
- 社内に反対する人がいます
- 反対理由の多くは「品質が落ちる」「情報が漏れる」「仕事が奪われる」のいずれかです。最初の1件を小さく成功させ、削減時間を数字で示すのが最も効きます。抽象的な説得より、限定範囲の実績のほうが早いです。
- 自分が休んだときはどうなりますか
- そこを変えるための手順書です。まず「自分が3日休んだら困ること」を書き出し、その上位から手順書にしてください。全部を一度に整える必要はありません。困る順に1つずつ渡せる状態にしていきます。
- 効率化すると評価が下がりませんか
- 空いた時間の使い道を先に決めておくことで防げます。「削減した30時間で、これまで手が付かなかった業務システムの見直しに着手する」と宣言しておけば、削減は成果として説明できます。使い道を決めないと、別の割り込みで埋まって終わります。
- 兼任担当者でも回せますか
- 兼任のほうがむしろ効果は出やすい傾向があります。時間が絶対的に足りないため、削減の実感が大きいからです。ただし、範囲は最初の1件に絞ってください。兼任で複数を同時に進めるのは現実的ではありません。
- 効果はどう測ればよいですか
- 問い合わせ件数、1件あたりの対応時間、1時間以上中断されなかった日数の3つで十分です。3つ目はひとり情シス特有の指標で、体感に最も近く、社内にも伝わりやすい数字です。
- 内製と外注はどちらがよいですか
- 「自社の事情を知らないとできないか」で分けてください。方針決定・要件整理・ベンダー選定・事故時の報告判断は社内、監視やバックアップ運用、夜間休日対応、専門性が高く頻度の低い構築は外部が基本形です。
- 情シスが不在の会社はどうすれば
- 誰かが実質的に担当している状態のはずなので、まずその人が何をしているかを可視化してください。そのうえで、責任者を1人決めることが先です。担当が決まっていないと、AIを入れても運用が誰にも引き取られません。
- どのくらいの期間で効果が出ますか
- 最初の1〜2か月は手順書づくりで一時的に工数が増えます。削減が体感できるのは、目安として3か月目以降です。1か月で結果が出ないからと止めてしまうのが、最も多い失敗です。
- 高価なツールが必要になりますか
- 最初の一歩は、既存の生成AIサービスで手順書を整えるところから始められます。専用のシステムを検討するのは、手順書が整い、問い合わせの型が見えてからで十分です。順序を逆にすると、使われないシステムが残ります。
社内で情報システムを見ているのが自分ひとり。あるいは総務や経理と兼任で、気づけばパソコンとネットワークとシステムの相談が全部こちらに来ている。中小企業では珍しくない状況です。
この状態のつらさは、単に仕事量が多いことではありません。割り込みが多すぎて、自分の作業がいつまでも進まないこと。そして自分が抜けたら誰も分からない状態が積み上がっていくことです。
AIは、この2つに対して効き方が違います。効くところと効かないところをはっきり分けないまま導入すると、「新しいツールがもう1つ増えただけ」で終わります。
本記事では、AIで減らせる業務と減らせない業務の切り分け、どれから手を付けるかの決め方、そして一人で抱えないための線引きを、実務の順番どおりに整理します。
- ひとり情シスが疲弊する構造的な理由
- AIで減らせる業務と減らせない業務の境目
- 頻度×時間×手順で決める優先順位
- 属人化を解く手順書のつくり方
- 社内問い合わせをどこまで任せられるか
- 外部に出す業務・社内に残す業務の判断
- 最初の90日の進め方とモデルケース試算
結論|減らすのは調べ物と説明
先に答えを書きます。ひとり情シスの業務でAIが最も効くのは、調べ物と説明です。この2つは、情シスの時間を静かに、しかし大量に食っています。
最初に手を付ける3つ
迷ったら、次の3つから始めてください。どれも失敗しても被害が小さく、効果がすぐ見えるという共通点があります。
- 社内問い合わせの一次対応(パスワード、共有フォルダ、印刷、初期設定などの定型質問)
- 手順書・マニュアルの作成と更新(自分の頭の中にしかない作業を文章にする)
- 調べ物と要約(仕様書、エラーメッセージ、製品比較、規約の読み込み)
AIに任せてはいけない領域
逆に、次の領域はAIを入れても人の負担は減りません。むしろ「AIが言ったから」で判断を委ねると、後で重い問題になります。
- 障害が起きているときの切り分けと復旧の判断
- セキュリティ事故が起きたときの最終的な意思決定と責任
- ベンダーとの契約・交渉・費用の決裁
- 個人情報や人事情報など、取り扱いを誤ると取り返しがつかない情報の判断
順番を間違えると失敗する
よくある失敗は、いきなり「社内チャットボット」を作ろうとすることです。これは社内の情報が整理されている前提の施策で、ひとり情シスの現場では、その前提がまず崩れています。
正しい順番は、手順書を先に作る → その手順書をAIに読ませる → 問い合わせ対応を任せるです。土台がないまま最後だけやろうとするから、うまくいきません。
ひとり情シスの構造的な問題
解決策の前に、なぜこの状態が個人の頑張りで解決しないのかを言語化しておきます。原因を取り違えると、打つ手も外れます。
業務が「割り込み」で埋まる
情シスの仕事は、予定できる仕事と予定できない仕事の2種類でできています。サーバーの更新やライセンス更新は前者、「プリンタが動かない」「ログインできない」は後者です。
人数がいる組織なら、当番制で割り込みを吸収し、残りのメンバーが予定業務を進められます。ひとりだとこの分離ができません。割り込みが来るたびに予定業務が止まり、集中が切れ、再開に時間がかかります。
結果として、1日の労働時間は埋まっているのに、進んだ仕事が思い出せないという状態になります。これは能力の問題ではなく、構造の問題です。
属人化して休めない
ひとりでやっていると、手順を文章にする動機がありません。自分は分かっているからです。しかしその結果、設定の理由・パスワードの管理場所・機器の契約期限が全部頭の中にたまっていきます。
この状態になると、休むことのコストが跳ね上がります。休んだ日にトラブルが起きれば、結局スマートフォンで対応することになる。有給を取っても休めていない、という声はここから来ています。
さらに深刻なのは、会社側からリスクが見えないことです。問題なく回っているように見えるため、増員や外部委託の話が出てきません。
戦略業務が永久に後回し
本来、情シスには会社の生産性を上げる仕事があります。業務システムの見直し、データの活用、セキュリティ体制の整備、新しい仕組みの検討などです。
ところがこれらは締め切りがない。一方、「今すぐパソコンが使えない」には締め切りがあります。緊急ではあるが重要でない仕事が、重要だが緊急でない仕事を押し出し続ける。この構造が何年も続くと、会社としてのIT力が上がりません。
評価されにくい仕事である
情シスは何も起きないことが成果の仕事です。障害を未然に防いだことは記録に残らず、障害が起きたときだけ目立ちます。
この非対称性が、社内での説明を難しくします。だからこそ後述するように、削減できた時間を数字で残すことが、単なる自己満足ではなく実務上の必要になります。
いま何が起きているか(データ)
体感だけで動くと社内を説得できません。公開されている一次情報で、周辺の状況を確認しておきます。
生成AIの利用は広がっている
総務省「令和7年版 情報通信白書」によれば、日本において業務で生成AIを利用していると回答した企業の割合は55.2%とされています(出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」企業における生成AIの活用)。
「うちはまだ早い」という感覚とは、実態がずれ始めています。少なくとも、社内で誰かがすでに個人的に使っている可能性は高いと考えたほうが安全です。
中小企業は方針が決まらない
同白書では、生成AIの活用方針を定めている企業の割合は49.7%で、前年度の42.7%から上昇しています。一方で中小企業では「方針を明確に定めていない」との回答が約半数を占めるとされています。
ここがひとり情シスにとっての難所です。方針がないまま各部署が勝手に使い始めると、何がどこに入力されたか誰も把握していない状態が生まれます。そして、その火消しは情シスに来ます。
導入における懸念としては、1位が「効果的な活用方法がわからない」、2位が「セキュリティリスク」とされています。逆に言えば、この2つに答えを出せば話が前に進みます。ルールの決め方は社内AIルールの作り方で具体的に整理しています。
セキュリティ人材は足りない
IPA(情報処理推進機構)は2026年3月に「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」第4.0版を公開しました。改訂の背景として、ランサムウェア被害の顕在化、サプライチェーン経由の被害拡大とあわせて、中小企業におけるセキュリティ人材の不足が挙げられています(出典:IPA プレス発表「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」第4.0版を公開)。
第4.0版では、従来の情報セキュリティ5か条に「バックアップを取ろう」が加わって6か条となり、付録としてセキュリティ人材の確保・育成の実践ガイドブックが追加されています。自社診断や規程のひな形も付録として公開されているため、ゼロから作る必要はありません(参照:IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」)。
- 社内での利用は「これから」ではなく「すでに始まっている」前提で考える
- 方針が空白だと、最終的に情シスが後始末を引き受けることになる
- ルールと診断のひな形は公的機関が公開している。自作しない
AIで減らせる業務・減らせない業務
ここが本記事の中心です。切り分けの基準は「間違えたときに取り返しがつくかどうか」です。取り返しがつく作業はAIに寄せ、つかない判断は人が持つ。これだけで判断はほぼ迷いません。
減らせる|社内問い合わせの一次対応
情シスへの問い合わせは、内容が驚くほど偏ります。パスワードのリセット、共有フォルダの場所、印刷できない、ソフトの初期設定、メールの設定、会議システムの使い方。この上位10種類くらいで大半が説明できることが多いはずです。
この層は、手順が決まっていて、間違っても大事故になりません。一次対応をAIに任せる価値が最も高い領域です。回答の設計思想はカスタマーサポートのAI活用と共通しています。
減らせる|手順書・マニュアル作成
手順書づくりが進まない最大の理由は、「書く」という作業そのものが重いことです。頭の中では分かっているのに、文章にすると急に時間がかかる。
ここはAIが得意です。箇条書きで雑に吐き出したものを、手順書の形に整える作業なら数分で終わります。詳しい進め方はマニュアル作成をAIで効率化する方法で解説しています。
減らせる|調べ物と要約
エラーメッセージの意味、製品の仕様比較、規約や契約書の読み込み、設定方法の確認。情シスの時間の何割かは検索と読解に消えています。
AIは、この一次調査を大幅に短縮します。ただしそのまま信じないことが条件です。設定値やコマンドは必ず公式ドキュメントで裏を取ってください。AIが出した内容を鵜呑みにして本番環境を触るのは、最も危険な使い方です。
減らせる|棚卸しと台帳の整形
資産管理台帳、ライセンス一覧、機器の更新期限。作りかけで止まっている表がどこかにあるはずです。
バラバラの形式で存在する情報を一つの表の形に整える、項目の抜けを指摘させる、更新期限が近いものを抽出する。こうした整形作業はAIに向いています。関連する定型業務の整理はバックオフィス業務の効率化もあわせて参考にしてください。
減らせない|障害時の切り分け判断
障害対応でAIが役立つのは「候補を挙げる」ところまでです。「この症状のとき何を疑うか」を列挙させるのは有効です。
しかしどれを実際に試すか、いつ業務を止めるか、どこまで復旧を待つかは、自社の環境と業務影響を知っている人にしか判断できません。ここを外部化しようとすると、かえって復旧が遅れます。
減らせない|セキュリティの最終責任
「このメールは危険か」「この設定で問題ないか」をAIに相談することはできます。ただし最終的にどう決めたかの責任は会社に残ります。
特に、インシデントが起きたときの報告するかどうか・誰に報告するか・業務を止めるかどうかは、経営判断です。ここを情シス一人に背負わせている状態こそ、本当に是正すべき問題です。
減らせない|社外との交渉と契約
ベンダーとの価格交渉、契約条件の詰め、トラブル時の責任分界点の話。AIは論点整理や質問リストの作成には使えますが、交渉そのものは人の仕事です。
切り分けの一覧表
| 業務 | AIの関与度 | 人が必ず持つ部分 |
|---|---|---|
| 社内問い合わせの一次対応 | 高い | 例外・個別事情の判断 |
| 手順書・マニュアル作成 | 高い | 手順が正しいかの検証 |
| 調べ物・要約 | 高い | 公式情報での裏取り |
| 台帳・一覧の整形 | 高い | 元データの正しさ |
| 報告資料・説明資料の作成 | 中くらい | 数字の妥当性と結論 |
| ツール選定の比較整理 | 中くらい | 自社要件との照合と決定 |
| 障害の切り分け | 低い(候補出しのみ) | 実施判断と復旧の指揮 |
| セキュリティ事故対応 | 低い | 報告判断と最終責任 |
| 契約・交渉・決裁 | 低い(論点整理のみ) | 交渉と意思決定 |
優先順位の付け方(3軸)
「減らせる業務」が分かっても、全部を同時にはできません。ひとり情シスに必要なのは手を付ける順番を機械的に決める方法です。ここでは3つの軸で点数化します。
軸1|頻度
その業務が月に何回発生するかです。年に1回の作業をどれだけ効率化しても、年に1回しか効果が出ません。
ここで重要なのは、思い出しで数えないことです。印象に残るのは面倒だった仕事であって、頻度が高い仕事ではありません。実際に2週間、対応した内容を記録してください。
軸2|1回あたりの時間
1回にかかる時間です。ここには中断からの復帰時間も含めて考えてください。5分の質問対応でも、作業を中断して戻るまでを含めれば実質15分かかっていることがあります。
軸3|手順の決まりやすさ
3つ目が最も大事です。毎回同じ手順で処理できるか。ここが低いものは、頻度と時間が大きくてもAI化に向きません。
- 高い:手順書に書き出せる。判断が入らない
- 中くらい:分岐はあるが、条件を書き出せる
- 低い:毎回状況が違う。経験で判断している
スコアの付け方と例
3つの軸をそれぞれ1〜5点で採点し、掛け算します。頻度 × 時間 × 決まりやすさです。合計ではなく掛け算にするのは、どれか一つがゼロに近いものを確実に落とすためです。
| 業務 | 頻度 | 時間 | 決まりやすさ | スコア |
|---|---|---|---|---|
| パスワード関連の問い合わせ | 5 | 2 | 5 | 50 |
| 新入社員のPC初期設定 | 2 | 5 | 5 | 50 |
| ソフトの使い方の質問 | 5 | 3 | 4 | 60 |
| 月次のバックアップ確認報告 | 1 | 3 | 5 | 15 |
| ネットワーク障害の切り分け | 2 | 5 | 1 | 10 |
| ベンダーとの契約更新交渉 | 1 | 5 | 1 | 5 |
この表は考え方を示す例です。点数は自社の実測で入れ直してください。他社の数字を借りると、優先順位も他社のものになります。
最初の1つを選ぶ基準
スコアが最も高いものが自動的に1番目、とは限りません。最初の1つだけは、次の条件も満たすものを選んでください。
- 2週間以内に形になる(半年かかるものを最初にしない)
- 失敗しても業務が止まらない
- 効果を数字で言える(何件減った、何分減った)
- 自分以外の人にも見える(社内で説明できる)
最初の1つは、効率化そのものより「これは効く」と社内に示すことが目的です。ここでつまずくと2つ目の許可が下りません。他の切り口を探す場合は業務効率化アイデア集も参考になります。
社内問い合わせの一次対応を任せる
スコアが最も高くなりやすいのが、社内問い合わせです。ここをどこまで任せられるかを具体的に見ていきます。
どこまで任せるかの線引き
結論から言えば、任せられるのは「手順書に書いてあることを、聞かれた形に合わせて説明する」ところまでです。
逆に、次のものは一次対応の対象から外してください。
- 権限の付与・削除に関わるもの(誰にどのアクセス権を渡すか)
- お金が発生するもの(ライセンス追加、機器の購入)
- データの削除や復元に関わるもの
- 個人情報や人事情報を含むもの
- 「動かない」の原因が特定できていないもの
3段階で広げる
いきなり全社に公開すると、期待値の管理ができずに信用を失います。次の3段階で広げてください。
| 段階 | やること | 目安期間 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 情シス自身が回答の下書きに使う。社内には出さない | 2〜3週間 |
| 第2段階 | 特定の部署だけに公開。回答の間違いを集める | 1か月 |
| 第3段階 | 全社に公開。答えられない質問は情シスへ回す導線を用意 | 以降継続 |
第1段階を飛ばさないでください。ここで「どんな質問が来るか」と「どこで間違えるか」が分かるため、第2段階以降の精度がまったく変わります。
回答テンプレを作る手順
一次対応の質は、元になる手順書の質で決まります。次の順番で作ってください。
- 直近2週間の問い合わせを全部書き出す(内容・所要時間・依頼者の部署)
- 似た内容をまとめ、多い順に並べる
- 上位10件について、自分が普段どう答えているかを箇条書きにする
- その箇条書きをAIに渡し、手順書の形に整えてもらう
- 整えられた手順書を自分で読み、事実と違う箇所を直す
4番目でAIに任せるのは文章の整形だけです。手順の中身をAIに考えさせると、自社に存在しない設定画面の説明が混ざります。
「答えられない」を設計する
最も重要な設計が、答えられない質問をどう扱うかです。分からないときに無理に答えさせると、間違った手順が社内に流通します。
「手順書に記載がない場合は、推測で回答せず『情シス担当に確認してください』と返す」というルールを、必ず明示してください。正答率より、間違えないことのほうが価値が高い領域です。
効果の測り方
効果は次の3つで測ります。どれも記録が簡単です。
- 問い合わせ件数(情シスに直接来た件数)
- 1件あたりの対応時間
- まとまった作業時間が取れた日数(1時間以上中断されなかった日)
3つ目は見落とされがちですが、ひとり情シスにとっては最も体感に近い指標です。件数が同じでも、まとめて処理できるようになれば負担は下がります。
属人化を解消する手順書のつくり方
ここが、ひとり情シス問題の本丸です。属人化は「悪い習慣」ではなく、ひとりでやっていれば必ずそうなる構造です。だから根性ではなく仕組みで解きます。
頭の中を先に吐き出す
いきなりきれいな文書を書こうとしないでください。まず音声入力でもメモでもいいので、雑に吐き出すことから始めます。
「サーバーの再起動は、まず誰々に連絡して、業務時間外にやって、あの画面から入って、パスワードはあそこにあって」。この程度のメモで十分です。整形はAIの仕事だと割り切ってください。
AIに構造化させる
吐き出したメモをAIに渡し、次のように依頼します。
以下は、社内システムの運用担当者が口頭で説明した内容です。これを、担当者以外の人が読んで作業できる手順書に整えてください。手順は番号付きで、各手順に「何のためにやるか」を一行で添えてください。書かれていない情報は補わず、不明な箇所は「要確認」と明記してください。
最後の一文が重要です。これを入れないと、AIはもっともらしい一般的な手順で空欄を埋めます。埋められた箇所は、後で必ず事故になります。
「分からない点を挙げて」と聞く
手順書ができたら、次の質問を投げてください。これが属人化を解く核心です。
この手順書を、社内システムに詳しくない人が初めて読んだとします。途中で手が止まる箇所、意味が分からない用語、判断に迷う分岐を、すべて挙げてください。質問の形で列挙してください。
返ってくる質問リストが、そのままあなたの頭の中にしかない情報の一覧です。「あの画面とはどこか」「連絡先は誰か」「失敗したらどうするか」。自分では書いたつもりでも、抜けは大量に出ます。
この方法の優れている点は、他人の時間を使わずに第三者視点のレビューができることです。ひとり情シスには、レビューしてくれる同僚がいません。その穴を埋められます。
第三者にやってもらう
AIのレビューで穴を埋めたら、最後は実際に別の人にやってもらうのが理想です。総務の担当者でも構いません。
このとき、横で見ていても口を出さないのがルールです。詰まった箇所をメモして、後で手順書に追記します。ここで助けてしまうと、属人化は解けません。
更新が止まらない仕組み
手順書は作った瞬間から古くなります。更新を続けるために、次の2つを決めてください。
- 更新のきっかけを決める。「設定を変えたら、その場で手順書も直す」。定期見直しは続きません
- 置き場所を1か所にする。複数の場所に散ると、どれが最新か分からなくなります
手順書がまとまってくると、それを参照して回答させる仕組みにつながります。社内データとAIをつなぐ考え方はMCPとはで解説しています。
割り込みを減らす仕組み
AI以前の話ですが、効果が大きいので触れておきます。ツールを入れる前に、流量そのものを整えるほうが効くことがあります。
問い合わせ窓口を1本にする
口頭、電話、メール、チャット、すれ違いざま。窓口が複数あると、記録が残らず、件数も測れず、優先順位も付けられません。
窓口を1つに決め、「緊急時以外はここへ」と周知してください。記録が残ることで初めて、前述の3軸スコアを実データで付けられるようになります。
よくある質問を先回りする
作った手順書のうち、問い合わせが多い上位のものは社内の誰でも見える場所に置いてください。「聞く前に見る」導線ができるだけで、件数は目に見えて動きます。
置いただけでは見られないので、問い合わせが来たときに回答と一緒にリンクを送るのが実務的です。同じ人からの2回目が減ります。
作業時間を先に確保する
予定業務が進まないなら、カレンダーに先に予定として入れるしかありません。週に2時間でも「割り込み対応をしない時間」を確保し、その時間帯の問い合わせは後で処理すると決める。
これは会社の合意が必要な話です。だからこそ、削減できた時間の記録を持っておくことが交渉材料になります。
一人で抱えないための線引き
AIで減らせるのは作業量です。責任は減りません。ここを混同すると、効率化しても楽になった実感が出ません。
外部に出す判断の基準
次のいずれかに当てはまるものは、外部に出すことを検討してください。
- 止まったときの損害が大きいのに、対応できるのが自分だけ
- 専門性が高く、年に数回しか使わない(習熟に見合わない)
- 24時間の対応が求められる
- 自分が学ぶ時間を確保できない
特に1番目は危険信号です。これは「担当者が優秀だから回っている」のではなく、会社がリスクを認識していない状態です。
外に出しやすい業務
- サーバー・ネットワークの監視と一次対応
- バックアップの運用と復旧テスト
- ヘルプデスクの夜間・休日対応
- 専門性の高い設計・構築(一時的な案件)
- AI活用の設計と社内展開の立ち上げ
社内に残すべき業務
- どのシステムをどう使うかの方針決定
- 各部署の業務内容の把握と要件の整理
- ベンダー選定と契約の意思決定
- セキュリティ事故時の報告判断
- 社内の関係者との調整
この線引きは、「自社の事情を知らないとできないか」で分かれます。自社固有の文脈が要るものは社内、技術で解けるものは外部、が基本形です。
引き継ぎ資料を先に作る
外部に出すにせよ、人を増やすにせよ、必要になるのは現状を説明する資料です。そしてこれがないから、いつまでも出せない。
前述の手順書づくりは、そのまま引き継ぎ資料になります。「休むため」ではなく「渡せる状態にするため」に書くと考えると、優先度が上がるはずです。
モデルケース|削減時間の試算
どのくらい変わるのかを、数字で確認します。
以下は実在の企業ではなく、当社が想定する典型的な状況にもとづく試算です。実際の効果は業務内容・問い合わせの性質・社内の協力度によって変わります。
前提:時給2,500円/月20営業日/従業員50名程度/情報システム担当は1名(総務と兼任)
削減の内訳
| 業務 | 導入前(月) | 導入後(月) | 削減時間 |
|---|---|---|---|
| 定型的な社内問い合わせ対応 | 20時間 | 8時間 | 12時間 |
| 手順書・マニュアルの作成更新 | 8時間 | 3時間 | 5時間 |
| 調べ物・仕様確認 | 12時間 | 6時間 | 6時間 |
| 台帳・一覧の整理 | 6時間 | 2時間 | 4時間 |
| 報告資料の作成 | 5時間 | 2時間 | 3時間 |
| 合計 | 51時間 | 21時間 | 30時間 |
月30時間、前提の時給2,500円で換算すると月75,000円分の時間にあたります。ただし、ひとり情シスにとっての本質的な価値は金額換算ではありません。これまで一切手が付かなかった予定業務に、月30時間を回せるようになることです。
費用の考え方
費用は、大きく2つに分かれます。
- AIツールの利用料:利用人数と使うサービスによって変わります
- 設計・立ち上げの支援費用:当社の場合、初期費用0円・月額5万円を目安としています
ひとり情シスの現場で費用以上に重いのは、設計を考える時間そのものです。「何から手を付けるか」を一人で決めきれずに止まっているなら、そこだけ外に出すという選択肢もあります。
注意点
- 削減時間は手順書が整った後の数字です。最初の1〜2か月は手順書づくりで一時的に工数が増えます
- 問い合わせの内容が毎回違う組織では、問い合わせ対応の削減幅は小さくなります
- 削減時間の使い道を先に決めておかないと、空いた時間に別の割り込みが入って終わります
進め方|最初の90日
抽象論で終わらせないために、3か月の進め方を具体化します。
1〜30日|記録する
この期間はツールを入れません。やることは記録だけです。
- 問い合わせ窓口を1本に決めて周知する
- 対応した内容・所要時間・依頼元を全部記録する
- 月末に集計し、多い順に並べる
- 3軸スコアを付け、最初の1つを決める
ここを飛ばして「とりあえずAIを触る」と、必ず効果が測れない状態になります。before の数字がないと after を語れません。
31〜60日|1つ自動化する
- 選んだ業務の手順書を作る(雑に吐き出す → AIで整形 → 「分からない点を挙げて」で穴を埋める)
- 情シス自身が回答の下書きに使う(第1段階)
- 間違えた箇所を記録し、手順書に反映する
- 社内でのAI利用ルールを最低限決める(入力してよい情報・いけない情報)
61〜90日|横展開する
- 特定部署に公開し、反応を見る(第2段階)
- 削減できた時間を集計し、社内に報告する
- 2つ目・3つ目の業務に同じ手順を適用する
- 外部に出すべき業務を洗い出し、経営層と相談する
2番目の「社内に報告する」を必ず入れてください。成果が見えないと、次の予算も時間も取れません。
よくある失敗と回避策
いきなり全部やろうとする
ひとり情シスは真面目な人が多く、「やるなら全部整理してから」と考えがちです。しかし全部を整理する時間は永久に来ません。上位1件だけ、2週間で形にすると決めてください。
ルールを決めずに使い始める
白書でも懸念の上位にセキュリティリスクが挙がっていました。入力してよい情報の範囲を先に決めずに展開すると、情シス自身が最悪の事故の当事者になります。ルールは1ページで十分なので、必ず先に作ってください。
効果を測っていない
「なんとなく楽になった」では、次の一手が承認されません。件数・時間・中断されなかった日数の3つだけでいいので、記録を残してください。
自分だけが使える状態にする
最も皮肉な失敗が、AI活用そのものが属人化することです。プロンプトが自分の頭の中にしかない、設定した意図を誰も知らない。これでは属人化を解くために属人化を増やしたことになります。
使ったプロンプトも設計の意図も、手順書と同じ場所に残してください。
よくある質問(FAQ)
Q. まず何から手を付けるべきですか
A. 最初の30日は記録だけです。問い合わせ窓口を1本にして、対応内容と所要時間を記録してください。そのうえで頻度×時間×手順の決まりやすさでスコアを付け、上位1件から着手します。記録なしで始めると、効果が測れず社内で説明できません。
Q. 社内の情報をAIに入れて大丈夫ですか
A. 使うサービスの規約と設定次第です。まず「入力してよい情報・いけない情報」の線引きを先に決めてください。個人情報、人事情報、取引先の機密情報、認証情報は原則入れない、という最低限のルールから始めるのが現実的です。詳しくは社内AIルールの記事を参照してください。
Q. 手順書はどこまで細かく書くべきですか
A. 判断基準は「社内システムを知らない人が読んで完了できるか」です。自分で判断せず、作った手順書をAIに読ませて「途中で手が止まる箇所を質問形式で挙げて」と聞いてください。返ってきた質問が、そのまま書き足すべき内容になります。
Q. 問い合わせ対応が雑になりませんか
A. 「答えられないときは推測せず情シスに回す」と明示すれば防げます。正答率を上げることより、間違った手順を流通させないことのほうが重要です。最初は情シス自身が回答の下書きに使う段階から始め、間違い方を把握してから公開してください。
Q. 障害対応にAIは使えますか
A. 「この症状のとき何を疑うか」の候補出しには使えます。ただし、どれを試すか、いつ業務を止めるか、どこまで復旧を待つかの判断は人が持ってください。自社の環境と業務影響を知らない相手には決められない部分です。
Q. 社内に反対する人がいます
A. 反対理由の多くは「品質が落ちる」「情報が漏れる」「仕事が奪われる」のいずれかです。最初の1件を小さく成功させ、削減時間を数字で示すのが最も効きます。抽象的な説得より、限定範囲の実績のほうが早いです。
Q. 自分が休んだときはどうなりますか
A. そこを変えるための手順書です。まず「自分が3日休んだら困ること」を書き出し、その上位から手順書にしてください。全部を一度に整える必要はありません。困る順に1つずつ渡せる状態にしていきます。
Q. 効率化すると評価が下がりませんか
A. 空いた時間の使い道を先に決めておくことで防げます。「削減した30時間で、これまで手が付かなかった業務システムの見直しに着手する」と宣言しておけば、削減は成果として説明できます。使い道を決めないと、別の割り込みで埋まって終わります。
Q. 兼任担当者でも回せますか
A. 兼任のほうがむしろ効果は出やすい傾向があります。時間が絶対的に足りないため、削減の実感が大きいからです。ただし、範囲は最初の1件に絞ってください。兼任で複数を同時に進めるのは現実的ではありません。
Q. 効果はどう測ればよいですか
A. 問い合わせ件数、1件あたりの対応時間、1時間以上中断されなかった日数の3つで十分です。3つ目はひとり情シス特有の指標で、体感に最も近く、社内にも伝わりやすい数字です。
Q. 内製と外注はどちらがよいですか
A. 「自社の事情を知らないとできないか」で分けてください。方針決定・要件整理・ベンダー選定・事故時の報告判断は社内、監視やバックアップ運用、夜間休日対応、専門性が高く頻度の低い構築は外部が基本形です。
Q. 情シスが不在の会社はどうすれば
A. 誰かが実質的に担当している状態のはずなので、まずその人が何をしているかを可視化してください。そのうえで、責任者を1人決めることが先です。担当が決まっていないと、AIを入れても運用が誰にも引き取られません。
Q. どのくらいの期間で効果が出ますか
A. 最初の1〜2か月は手順書づくりで一時的に工数が増えます。削減が体感できるのは、目安として3か月目以降です。1か月で結果が出ないからと止めてしまうのが、最も多い失敗です。
Q. 高価なツールが必要になりますか
A. 最初の一歩は、既存の生成AIサービスで手順書を整えるところから始められます。専用のシステムを検討するのは、手順書が整い、問い合わせの型が見えてからで十分です。順序を逆にすると、使われないシステムが残ります。
まとめ|判断を残し作業を減らす
ひとり情シスの負担は、根性や個人の能力では解けません。構造の問題は仕組みで解く必要があります。
本記事の要点を整理します。
- AIで減らせるのは調べ物・説明・整形。減らせないのは判断と責任
- 優先順位は頻度 × 時間 × 手順の決まりやすさで機械的に決める
- 最初の30日は記録だけ。before の数字がないと効果を語れない
- 属人化は「この手順書で分からない点を挙げて」で炙り出す
- 問い合わせの一次対応は3段階で広げる。第1段階を飛ばさない
- 止まったときの損害が大きく、対応できるのが自分だけの業務は外に出す
- 削減した時間の使い道を先に決める
公的な情報も味方になります。総務省の白書は社内での説明資料に使えますし、IPAのガイドラインには自社診断や規程のひな形が付録として揃っています。ゼロから作る必要はありません。
そして最後に、最も大事なことを書きます。ひとりで全部を背負っている状態そのものが、会社にとってのリスクです。AIで作業を減らすことは、その状態を「渡せる状態」に変えるための手段です。効率化のためだけでなく、会社を守るための取り組みだと位置づけてください。
「何から手を付けるか」を一人で決めきれずに止まっているなら、そこだけを外に出すという選択肢があります。当社では、業務の棚卸しから優先順位の設計、手順書づくり、社内ルールの整備までを一緒に進めています。
現在の状況をお聞かせいただければ、最初の1件に何を選ぶべきかをご提案します。お問い合わせはこちらからお気軽にご相談ください。
一人でセキュリティまで見ている場合は、優先順位を絞る必要があります。中小企業のセキュリティ対策で、まず押さえる範囲を示しています。


