DXの進め方|3か月で最初の1業務を変える手順
業務効率化支援を行う「Ai-Raku(アイラク)」代表。国立大学でAIの研究を行い、ITコンサル・ウェブコンサルを経て独立。官公庁向けの業務効率化や上場企業の支援等を経て、中小企業の現場に定着するAI活用を企画から運用まで一気通貫で支援している。

- DXは何から始めればいいですか
- 業務の棚卸しからです。ツールの選定や補助金の検討ではありません。対象部署を1つに絞り、業務名、頻度、1回あたりの時間を書き出し、月間時間の長い順に並べてください。所要時間は30分の会議3回です。
- 棚卸しにどれくらいかかりますか
- 対象を1部署または3業務に絞れば、30分の会議3回と、1週間の時間の実測で足ります。全社の全業務を洗い出そうとすると終わらないため、最初は範囲を絞ってください。
- 最初の1業務はどう選びますか
- 記事内の判定表で採点してください。「止まっても困らない」「効果が数えられる」「関わる人が3人以内」「頻度が高い」「やめる作業を1行で言える」「承認が少ない」の6項目、12点満点で、9点以上が最初の1業務の候補です。
- 全社で一斉に始めたいのですが
- お勧めしません。全社の期待値が上がると、3人の試験を失敗させられなくなり、無難な業務が選ばれます。最初の3か月は3人1業務に絞り、4か月目以降に同じ3人で業務数を増やすほうが速く進みます。
- IT担当がいなくても進められますか
- 進められます。1人を探すのではなく、アカウント管理、データの置き場の決定、外部との窓口の3つに役割を割ってください。総務、業務の主担当、経営者または管理部門の責任者に分けると、属人化も防げます。
- 経営者が動いてくれません
- 承認を求めるのをやめ、判断の日程だけを求めてください。「3か月後のこの日に、この数字を見て、続けるか止めるかを決めてください」という頼み方です。予算の話を先に出すと、検討で止まります。
- 現場が協力してくれません
- 説明の順番を変えてください。「仕事を増やす話ではありません」「この作業をやめるための試験です」「期間は1か月、対象は3名です」「うまくいかなければ元に戻します」の4行です。最後の一言が最も効きます。
- どのツールを選べばいいですか
- 対象業務が決まる前にツールを選ぶと、業務のほうがツールに合わせられてしまいます。決めてから、月額で止められる、今のデータをそのまま入れられる、担当者が1人で試せる、の3条件で選んでください。
- 効果は何で測ればいいですか
- 月間時間、処理件数、手戻り件数、利用率の4つです。時間だけを見ると、繁忙期を過ぎて件数が減っただけなのに効果が出たと誤読します。件数で割った1件あたりの時間で比べてください。
- 3か月で成果は出ますか
- 1業務であれば時間の削減は見えます。ただし最初の3か月は、成果を出す期間というより進め方を社内に覚えさせる期間だと考えてください。売上増加を3か月の目標に置くと、ほぼ確実に未達になります。
- 途中でやめてもいいですか
- 構いません。判定会の選択肢に「やめる」を最初から入れておいてください。やめられない前提で始めると、無難な業務が選ばれ、結果も無難になります。やめた経験は、次の業務の選定精度を上げます。
- 補助金は先に取るべきですか
- 対象業務が決まってからにしてください。先に申請書を書くと、対象業務が補助金の要件で決まってしまいます。最初の3か月にかかる外部費用は、月額の道具代と支援費用だけという設計が可能です。
- 費用はいくらかかりますか
- 費用は道具の利用料、社内の時間、外部支援、データ整理の4種類です。社内の時間は最初の3か月で20時間前後が目安です。当社の導入支援は初期費用0円、月額50,000円です。
- 支援会社に頼むべきですか
- 頼んでよいのは道具の設定、手順書の型づくり、他社のつまずき事例の共有です。対象業務の決定、やめる作業の決定、現場への説明は自社でやってください。ここを外部に渡すと、判定会で誰も決められなくなります。
- 基幹システムは先に替えるべき
- 多くの場合、先ではありません。基幹システムの出力データを使って周辺業務から手を付けるほうが、着手が速く、失敗しても影響が小さくなります。刷新か延命かの判断基準は基幹システム刷新の記事で扱っています。
「DXを進めろと言われたが、何から手を付ければいいのか分からない」。中小企業の経営者や、DXの担当を任された方から、この相談を毎月のように受けます。調べれば「まず経営ビジョンを」「まず全社の意識改革を」といった説明は出てきます。しかし、その次の行動が決まりません。
進め方が分からない本当の理由は、時間軸が示されていないからです。1か月目に何をして、3か月目に誰が何を判断するのか。ここが決まっていないと、会議だけが増えて、半年後に何も変わっていない、という結末になります。
この記事では、DXの進め方を0か月目から6か月目までの月単位に分解して示します。誰が何をするかまで表にしました。最初にやるのは道具選びではなく業務の棚卸しです。そして最初に手を付ける1業務の選び方を、12点満点の判定表にしています。
当社はAI導入支援を行う事業者です。それでも、最初の1業務にAIが要らない場面はそのとおりにお伝えします。転記をやめるだけで済む業務にAIを載せても、作業が1つ増えるだけだからです。
- 0か月目から6か月目まで、誰が何をするかの月別一覧表
- 最初にやるのが道具選びではなく業務の棚卸しである理由
- 最初の1業務を選ぶ12点満点の判定表と、選んではいけない業務
- 経営者・現場・情報システム担当をどう巻き込むか(担当が不在の場合も)
- 進んだかどうかを測る4つの数字と、記録の付け方
- 3か月のあいだ「やらない」と決めておく7つのこと
- 社内説明で使う言い換えと、使わないほうがよい言葉
- 従業員28名の金属加工業を想定した6か月のモデルケース(試算)
結論|道具選びは3番目
先に結論をお伝えします。DXの進め方でつまずく会社のほとんどは、順番を1つ間違えています。ツールやAIを選ぶところから始めてしまうのです。
最初にやるのは棚卸し
正しい順番は、1番目が業務の棚卸し、2番目がやめることの決定、3番目が道具選びです。この順番には理由があります。
道具から入ると、必ず「その道具で何ができるか」に話が引きずられます。すると、自社で最も手間のかかっている業務ではなく、その道具が得意な業務が対象になってしまいます。結果として、月に2時間しかかかっていない業務が自動化され、月に40時間かかっている業務は手つかずのまま残ります。
棚卸しを先にやれば、この事故は起きません。月に何時間かかっているかという数字が先にあれば、道具は後から選べるからです。逆はできません。
3か月で1業務だけ変える
もうひとつの結論は、期間と対象を先に絞ることです。当社が中小企業にお勧めしているのは、3か月で1業務だけを変えるという設計です。
3か月というのは、経営者の関心が持続する上限に近い長さです。半年後に成果を報告する計画は、たいてい4か月目に立ち消えになります。1業務というのは、担当者が本業と並行して回せる上限です。2業務を同時に始めると、どちらも中途半端になります。
3か月で1業務が変われば、そこで得た手順とデータが4か月目以降に効きます。最初の3か月は成果を出す期間ではなく、進め方を社内に覚えさせる期間だと考えてください。
この記事が扱わない話
この記事は「手順」に特化しています。次の3つは別の記事で扱っているため、必要な方はそちらをご覧ください。
- 自社がどの段階にいるかの判定:デジタイゼーション、デジタライゼーション、DXのどこにいるかはDXとAIの違いで判定表を用意しています
- 失敗の要因分解:なぜ止まるのか、やめるべき進め方は何かはDXが失敗する理由にまとめています
- 古い基幹システムの扱い:刷新すべきか延命すべきかは基幹システム刷新の進め方で判断基準を示しています
進め方の全体像|6か月の地図
全体像を先に示します。この章の表だけを印刷して会議に持ち込んでいただいても構いません。
3つの時間軸で分ける
時間軸で分けるという発想は、当社が思いついたものではありません。経済産業省が「DXレポート2(中間取りまとめ)」の第4章で、企業が行うべき取組を「超短期(直ちに)・短期・中長期の3つの時間軸に分けて示す」と明言しています(出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」)。
同レポートでは、超短期のアクションとして市販製品・サービスの導入(テレワーク、オンライン会議、OCRによる紙書類の電子化、クラウドストレージ、各種SaaS、RPAなど)を挙げ、短期のアクションとして推進体制の整備、戦略の策定、推進状況の把握を挙げています。中長期はプラットフォームの形成や人材確保です。
ただし、この区分は数万人規模の企業も含めた一般論です。従業員数十名の会社に当てはめるには、もっと細かい月単位まで割る必要があります。この記事ではそこを補います。
月別の進め方一覧表
0か月目から6か月目まで、誰が何をするかを1枚にしました。経営者・主担当・現場の3者で列を分けています。自社に情報システム担当がいる場合は、主担当の列を分担してください。
| 時期 | 経営者がやること | 主担当がやること | 現場がやること | この時期の完了条件 |
|---|---|---|---|---|
| 0か月目(準備) | 主担当を1人指名する。3か月後の判定日をカレンダーに入れる | 週30分の定例の曜日と時間を固定する | まだ何もしない | 判定日と主担当の名前が紙に書かれている |
| 1か月目 | 棚卸しに使ってよい時間の上限を明示する | 対象部署の業務を洗い出し、1週間だけ時間を実測する | 開始と終了の時刻をメモする | 業務名と月間時間が並んだ表が1枚できている |
| 2か月目 | 対象業務1つを承認する | 判定表で1業務を選び、やめる作業を1行で書く。道具を決める | 現行の手順をA4一枚に書く | 対象業務、やめる作業、道具の3つが決まっている |
| 3か月目 | 判定会に出席し、続けるか止めるかを決める | 3人・1か月の試験を回し、4つの数字を記録する | 実際に使い、使わなかった理由を言う | 継続、修正、中止のいずれかが決まっている |
| 4か月目 | 2業務目の対象を承認する | 同じ3人の2業務目に着手する | 1業務目を通常運用に切り替える | 1業務目が指示なしで回っている |
| 5か月目 | 他部署への展開可否を検討する | 3業務目に着手し、手順書を更新する | 手順の抜けを指摘する | 手順書が2回以上更新されている |
| 6か月目 | 6か月分の数字を見て次の半年を決める | 4つの数字を6か月分まとめる | 次にやめたい作業を1つ挙げる | 次の半年の対象業務が決まっている |
この表で最も重要なのは0か月目の行です。費用も工数もかかりませんが、ここを飛ばした会社は、ほぼ例外なく2か月目で止まります。
6か月で終わりではない
誤解のないようにお伝えすると、6か月でDXが完了することはありません。この6か月で得られるのは、自社で改善を回す型が1つできた状態です。
経済産業省も、業務プロセスの見直しについて「一度実施したとしても、そこで見直しの活動を停止してしまえば業務プロセスがレガシー化してしまう」として、恒常的な見直しを求めています(出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」)。6か月を1周目とし、これを繰り返すのが実務です。
0か月目|先に決める3つ
着手前に決めることが3つあります。所要時間は会議1回、30分です。費用は発生しません。
期限と担当と会議日
決めるのは次の3つだけです。
- 3か月後の判定日。「3か月以内」ではなく、日付を1日決めてカレンダーに入れます
- 主担当1名の名前。兼任で構いません。ただし「総務部で」のような部署名は不可です
- 週30分の定例の曜日と時間。「毎週火曜の16時30分から17時」まで決めます
この3つを決めるだけで、進む確率は明らかに変わります。理由は単純で、DXが止まる最大の原因は方針の誤りではなく、次の打ち合わせの日程が決まらないことだからです。
決めないと何が起きるか
日付を決めないまま始めると、典型的にはこうなります。1か月目は棚卸しが少し進みます。2か月目に繁忙期が来て中断します。3か月目に「あれはどうなった」と聞かれ、担当者が慌てて資料を作ります。4か月目には誰も言わなくなります。
これは担当者の意欲の問題ではありません。期限のない仕事は、期限のある仕事に必ず負けるという当たり前の構造です。だから日付を先に置きます。
稟議の前に決めていい
この3つは費用が発生しないため、稟議も予算措置も不要です。「予算が付いてから」と待つ会社が多いのですが、順番が逆です。棚卸しをして対象業務が決まってからでないと、いくら必要かも書けません。
補助金についても同じです。申請書を先に書くと、対象業務が補助金の要件で決まってしまいます。この点は後の章で詳しく扱います。
1か月目|業務の棚卸し
1か月目は棚卸しだけをやります。ツールの資料請求も、ベンダーへの問い合わせも、この月はしません。
棚卸しは30分かける3回
棚卸しと聞くと大がかりに感じますが、30分の会議を3回で足ります。長時間の合宿は不要です。
- 1回目(30分):業務名だけを出す。評価も改善案も出さない。付箋でもホワイトボードでも構いません
- 2回目(30分):1回目に出した業務に、頻度と1回あたりの時間を書き込む
- 3回目(30分):上位3業務だけ、手順を10行以内に分解する
重要なのは1回目で改善案を出させないことです。業務名を挙げている最中に「あれはこうすればいい」という話が始まると、その1業務で30分が終わります。改善案は3回目まで禁止にしてください。
書き出す6項目
各業務について書くのは、次の6項目です。これ以上は増やさないでください。
| 項目 | 書き方 | なぜ必要か |
|---|---|---|
| 業務名 | 動詞で終わらせる(例:受注をシステムに入力する) | 名詞だけだと範囲がぶれる |
| 担当者 | 役職ではなく人数(例:事務3名) | 関わる人数が選定条件になる |
| 頻度 | 週に何回、月に何回 | 効果は頻度で決まる |
| 1回あたりの時間 | 分単位。実測値 | 月間時間の算出に使う |
| 使っている道具 | 紙、表計算、既存システム、電話など | 二重入力の発見に使う |
| 止まると誰が困るか | 社内のみ、取引先、顧客のいずれか | 最初の1業務の選定条件になる |
この6項目が埋まれば、月間時間は「頻度と1回あたりの時間の掛け算」で自動的に出ます。月間時間の列を降順に並べ替えたものが、1か月目の成果物です。
時間は推定でなく実測
棚卸しで最も差が出るのが、時間の取り方です。記憶で書いた時間と、1週間だけ実測した時間は、たいてい一致しません。
ずれる方向は業務によって違います。毎日やる短い作業は、回数を忘れるため過小に見積もられがちです。逆に、月に1回の大変な作業は印象が強く、過大に見積もられがちです。どちらのずれも、対象業務の選定を誤らせます。
実測といっても難しいことはしません。1週間だけ、対象者に開始時刻と終了時刻の2つだけをメモしてもらいます。記録項目を増やすと、記録そのものが仕事になって続きません。業務の洗い出しの具体的な観点は業務効率化のアイデア集にまとめています。
棚卸しでよくある失敗
棚卸しで止まるパターンは、おおむね次の3つです。
- 全社の全業務を洗い出そうとする。終わりません。対象は「事務作業が集中している1部署」または「経営者が気になっている3業務」に限定します
- 時間の単位がそろっていない。「1回30分」と「月8時間」が同じ表に混在すると比較できません。単位は「分」と「回数」に統一します
- ベテランの業務を聖域にする。「あの人の仕事は特殊だから」と外すと、たいてい最も手間のかかる業務が抜け落ちます。外すかどうかは、時間を測ってから決めます
最初の1業務を選ぶ判定表
ここがこの記事の核です。最初の1業務を間違えると、進め方が正しくても失敗します。選び方を点数化しました。
選定の3条件
最初の1業務に求める条件は、成果の大きさではありません。次の3つです。
- 止まっても困らないこと。試験中に数日止まっても、顧客にも取引先にも影響が出ない業務を選びます
- 効果が見えやすいこと。時間か件数で数えられる業務を選びます。「風通しが良くなった」では判断できません
- 関わる人が少ないこと。3人以内で完結する業務が理想です。人数は調整コストに直結します
この3条件は、経済産業省が中小企業について述べている考え方とも合致します。DXレポート2は、製品導入の成功を「経営のリーダーシップにより企業文化を変革する小さな成功体験」とし、DXのファーストステップと位置付けることが肝要だとしています(出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」)。最初の1業務は成果を取りに行く場ではなく、成功体験を作る場です。
6項目12点の判定表
棚卸しで出た業務のうち、月間時間の上位5つについて、次の表で採点してください。所要時間は10分です。
| 判定項目 | 2点 | 1点 | 0点 |
|---|---|---|---|
| 止まっても困らないか | いつでも元の手順に戻せる | 戻すのに数日かかる | 旧手順を廃止しないと始められない |
| 効果が数えられるか | 時間と件数の両方が数えられる | どちらか一方は数えられる | 数えるものがない |
| 関わる人の数 | 3人以内 | 4人から6人 | 7人以上 |
| 頻度 | 毎日または毎週 | 月に数回 | 年に数回 |
| やめる作業を言えるか | 1行で言える | 言えるが曖昧 | 言えない |
| 承認の数 | 0から1 | 2 | 3以上 |
12点満点で判定します。9点以上なら最初の1業務にしてよい。6点から8点は2業務目以降。5点以下は今回は選ばないという基準です。
1行目の「止まっても困らないか」は、業務そのものを止められるかを聞いているのではありません。新しいやり方がうまくいかなかったときに、元の手順に戻して業務を続けられるかを聞いています。受注や請求のように止められない業務でも、旧手順に即日戻せるなら2点です。逆に、旧手順を廃止しないと始められない道具は、最初の1業務には向きません。
この表を使うと、月間時間が最も長い業務が1位にならないことがよくあります。それで正解です。月40時間かかっていても、7人が関わり承認が3つある業務は、3か月では動きません。
選んではいけない業務
点数にかかわらず、最初の1業務から外すべきものがあります。
- 法令で期限が決まっている業務:給与計算、年末調整、決算関連。試験中の不具合が許されません
- 金銭が直接動く業務:振込処理、在庫の引当。誤りの影響が大きすぎます
- 顧客の目に直接触れる帳票:請求書や納品書の様式変更。社外への説明コストが発生します
- 社内で最も揉めている業務:すでに意見が対立している業務は、道具の話が社内の力関係の話にすり替わります
- 年に数回しかない業務:3か月の試験期間中に1回も発生しない可能性があります
迷ったときの決め方
同点の業務が2つ出たときは、関わる人が少ないほうを選んでください。効果が小さくても構いません。
もうひとつの判断軸は、「その業務の担当者が、次の業務でも中心になれるか」です。4か月目に2業務目へ進むとき、同じ人が担当すると学習コストが再利用できます。1業務目で経験を積む人を、意識的に選んでください。
2か月目|やめることを決める
対象業務が決まったら、2か月目です。ここでようやく道具の話が出てきますが、その前に決めることがあります。
「やめる」が書けるか
2か月目の最初の作業は、「導入後にやめる作業」を1行で書くことです。
例を挙げます。「日報を紙に書いてから表計算に転記する作業のうち、転記をやめる」「朝礼前の在庫確認の電話をやめる」「見積を作る前に過去ファイルを探す作業をやめる」。この形で書けるかどうかが分かれ目です。
やめる作業が書けないなら、その業務は着手しないほうが賢明です。やめるものがないまま道具を入れると、既存の作業に「新しい道具への入力」が追加されるだけになります。これがツール導入後に「かえって忙しくなった」と言われる正体です。
経済産業省も、ツール導入について「こうしたツール導入が完了したからといってDXが達成されるわけではないことにも十分に留意する必要がある」と明記しています(出典:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」)。
手順をA4一枚にする
次に、現在の手順をA4一枚に書きます。作るのは完璧なマニュアルではありません。最も件数の多いパターンだけを書きます。例外処理は書きません。
書式は自由ですが、次の3つが入っていれば十分です。
- 誰が、何を受け取ったら始まるか(開始条件)
- 何を、どの順番でやるか(10行以内)
- 何ができたら終わりか(完了条件)
この1枚があると、道具の選定でも外部への相談でも話が早くなります。何を決めておくべきかの考え方は要件定義の進め方で詳しく扱っています。
道具を選ぶのはここ
ここでようやく道具を選びます。最初の1業務で選ぶ道具の条件は3つです。
- 月額で止められること。年間契約や初期費用の大きいものは、1業務目には選びません。試験の目的は「止められること」を含みます
- 今のデータをそのまま入れられること。データの事前整備が必要な道具は、2周目以降に回します
- 担当者が1人で試せること。設定に外部の作業が必須なものは、試験の開始が遅れます
ここで正直に申し上げておくと、最初の1業務にAIが不要なケースはかなり多いです。二重入力の解消、入力先の一本化、紙の廃止といった課題は、AIではなく既存の表計算やクラウドサービスの設定で片が付きます。
AIが効くのは、書式が取引先ごとに違う書類を読む、文章の下書きを作る、問い合わせの意図をくみ取るといった、手順を固定できない作業です。自社の課題がどちらなのかは、A4一枚の手順書を見れば判断できます。手順が10行で書けたなら、それはAIの出番ではありません。
3か月目|3人で1か月試す
3か月目は試験です。ここで守るべきは、範囲を広げないことです。
試す範囲を先に区切る
試験の設計は、次の4つを紙1枚に書くだけです。
- 対象業務:判定表で選んだ1業務のみ
- 対象者:3人(多くて5人)
- 期間:1か月(開始日と終了日を書く)
- 記録項目:後述の4つの数字
この4つを紙に書いて、対象者に配ります。口頭だけで始めると、2週目に「これはいつまでやるのか」という質問が必ず出ます。
使わない人は必ず出る
3人のうち1人が使わなくなるのは、想定内です。失敗ではありません。むしろ、使わなかった理由を聞くことが試験の目的の半分です。
理由はたいてい具体的です。「入力項目が多すぎる」「現場のスマートフォンでは文字が小さい」「急ぎのときは結局電話のほうが早い」といった話が出てきます。これらは設計を直せば解決します。
ただし、3人中3人が使わなかった場合は、道具ではなく対象業務の選定を疑ってください。判定表の「やめる作業を言えるか」が0点だった可能性が高いです。
月末に判定会を開く
試験期間の最終週に、30分の判定会を開きます。出席者は経営者、主担当、現場代表の3名です。
判定の選択肢は3つだけにしてください。
- 続ける:通常運用に切り替え、4か月目は2業務目へ
- やり方を変えて続ける:直す点を1つだけ決めて、もう1か月延長
- やめる:この業務は対象から外し、判定表の次点に移る
「もう少し様子を見る」は選択肢に入れません。この一言が入った瞬間に、判定は永久に先送りされます。3つのどれかを、その場で決めます。
「棚卸しまではやったが、どの業務から手を付けるか決められない」という段階でも構いません。当社は業務の棚卸しと、最初の1業務の選定、3か月の進め方の設計からお手伝いしています。その業務にAIが不要だと判断した場合は、そのとおりにお伝えします。業種ごとの相談内容は業種別のソリューションにまとめていますので、近い業種のページからご覧ください。ご相談は無料相談はこちらからお問い合わせください。
4か月目以降|広げる順番
1業務目が回り始めたら、広げ方に入ります。ここでも順番があります。
2つ目に選ぶ業務
2業務目に選ぶのは、1業務目と同じ人が担当している業務です。別部署に広げるのは、まだ先です。
理由は3つあります。第一に、その人はもう進め方を知っているため、説明が要りません。第二に、1業務目で作ったデータや設定を流用できることが多いためです。第三に、同じ人の2業務目が楽になると、その人が社内で最も説得力のある推進役になるからです。
横展開は人数でなく業務
よくある誤りが、1業務目を「他の10人にも広げる」方向に進めることです。人数を増やす横展開は、業務を増やす縦展開よりはるかに抵抗が大きいことを知っておいてください。
人数を増やすと、その業務をこれまで別のやり方でやっていた人全員に説明が必要になります。一方、同じ3人の2業務目なら、説明は不要です。4か月目から6か月目は、同じ3人で業務数を増やすのが最短経路です。
人数への展開は、業務が3つ回るようになってから着手します。そのころには手順書が3種類たまっており、説明のコストが下がっています。
止める判断も残す
6か月経っても1業務も定着していない場合、疑うべきは道具ではありません。対象業務の選び方です。判定表に戻り、点数の付け方が甘くなかったかを見直してください。
特に多いのが、「やめる作業を言えるか」で1点(言えるが曖昧)だった業務を選んでいるケースです。ここは0点扱いにするくらいで構いません。失敗の型をより広く知りたい方はDXが失敗する理由をあわせてご覧ください。
誰を巻き込むか|3つの役
進め方と同じくらい質問が多いのが、「誰を巻き込めばいいのか」です。必要な役は3つで、人数は最小3名です。
経営者が出す2つのもの
経営者に出していただくのは、予算ではありません。次の2つです。
- 時間の上限の明示:「棚卸しには月3時間まで使ってよい」と、上限を数字で言うこと。上限がないと現場は本業を優先します
- 判断の予約:「3か月後のこの日に、この数字を見て、続けるか止めるかを私が決める」と宣言すること
この2つが出ていれば、初期費用がゼロでも進みます。逆に、予算だけ付いて時間の上限が示されないと、現場は動けません。
経営者の関与が効くことは、調査でも裏づけられています。IPAの調査によると、経営者・IT部門・業務部門の協調について「十分にできている」「まあまあできている」と回答した割合は、DXの成果が出ている企業では72.9%である一方、成果が出ていない企業では37.1%にとどまります(出典:IPA「DX動向2026」)。倍近い差です。
また、経営者のデジタル分野についての見識が「十分に持っている」「まあまあ持っている」の合計は2025年度で49.9%で、2024年度の40.2%から約10ポイント上昇しています(出典:IPA「DX動向2026」)。経営者側の理解は、確実に進んでいます。
現場の代表は1人でいい
現場から出す代表は1人で足ります。人数を増やすと会議の日程が合わなくなります。
誰を選ぶかにはコツがあります。当社がお勧めしているのは、その業務について最も文句が多い人を代表にすることです。前向きな人を選びたくなりますが、反対意見は後から必ず出ます。最初から中に入れておくほうが、手戻りが小さくなります。
文句が多い人は、その業務の問題点を最も具体的に知っている人でもあります。棚卸しの精度も上がります。
情報システム担当がいない
中小企業では、情報システム担当がいないことが普通です。その場合は1人を探すのではなく、役割を3つに割るのが現実的です。
| 割る役割 | 具体的にやること | 誰に割り振るか |
|---|---|---|
| アカウント管理 | 誰にどの道具の権限を出すか、退職時に消すか | 総務または人事の担当者 |
| データの置き場の決定 | ファイルをどこに置くか、命名をどうするか | 対象業務の主担当 |
| 外部との窓口 | ベンダーや支援会社への連絡、契約の確認 | 経営者または管理部門の責任者 |
この3つを1人に寄せると、その人が異動や退職をした瞬間に止まります。分けておくこと自体が、属人化の予防になります。
参考までに、IPAの調査ではAI導入・利活用のリーダーシップ体制について「IT部門の長」が46.0%と最も高く、次いで「経営層」が32.1%、「導入や利活用する現場の長」が27.5%となっています(出典:IPA「DX動向2026」)。IT部門がない会社では、経営層か現場の長がこの役を担うことになります。
外部に頼む範囲の線引き
外部の支援会社を使う場合、頼んでよいことと、頼んではいけないことがあります。当社が最初にお伝えしている線引きがこちらです。
- 頼んでよい:道具の設定、手順書の型づくり、他社でのつまずき事例の共有、判定表の点数の第三者チェック
- 頼んではいけない:対象業務の決定、やめる作業の決定、現場への説明
後者を外部に渡すと、「言われたからやっている」状態になり、判定会で誰も決められなくなります。決めるのは自社、支えるのが外部という配分を崩さないでください。社内でのAIの扱いに関する基礎知識はAIリテラシーとはで整理しています。
進んだかを測る4つの数字
DXの進め方で最も抜けやすいのが、測り方です。ここを決めずに始めると、判定会で議論ができません。
時間、件数、手戻り、利用率
記録するのは4つだけです。5つ以上にすると記録が続きません。
| 数字 | 測り方 | これで分かること |
|---|---|---|
| 対象業務の月間時間 | 開始と終了の時刻を記録し合計する | そもそも減ったかどうか |
| 処理件数 | 月に何件処理したかを数える | 時間が減った理由が件数減でないか |
| 手戻りの件数 | 差し戻し、やり直しの回数を数える | 速くなった代わりに品質が落ちていないか |
| 利用率 | 対象者のうち週に1回以上使った人数 | 定着しているか、使われていないか |
4つのうち、最も見落とされるのが処理件数です。時間だけを見ていると、繁忙期を過ぎて件数が減っただけなのに「効果が出た」と誤読します。件数で割った1件あたりの時間で比べてください。
記録は1枚の表でいい
記録の形は、表計算1枚で十分です。列は「月/月間時間/処理件数/1件あたり時間/手戻り件数/利用率」の6列。行は月です。専用のツールは要りません。
記録を担当するのは主担当1名です。現場に記録させると、記録そのものが負担になり、試験の評価が悪くなります。現場が記録するのは開始と終了の時刻だけにしてください。
測らない会社は止まる
指標を持つ会社と持たない会社の差は、調査で明確に出ています。IPAによると、DXの成果指標を「設定している」と回答した企業は2025年度で23.9%で、4社に1社にも届きません(出典:IPA「DX動向2026」)。
設定していない理由の最多は「評価指標の設定方法がわからない」で36.0%、2024年度の28.7%から約7ポイント上昇しています。「評価指標はこれから定める」も33.4%と高い水準です(出典:IPA「DX動向2026」)。多くの会社が、必要性は感じつつ設定できていません。
そして、成果指標を設定している企業は、設定していない企業と比べて投資対効果が出ているとする回答率に10ポイント程度の差があります(出典:IPA「DX動向2026」)。測っている会社のほうが、成果を実感できているということです。
指標の対象については、設定している企業でも「内向きの業務改革(社内の効率化)」が80.0%と最も高く、「外向きの業務改革」は33.5%にとどまります(出典:IPA「DX動向2026」)。中小企業が社内の効率化を指標に置くのは、まったく普通のことだと考えて構いません。
なお、指標の設定は国の枠組みでも重視されています。経済産業省の「デジタルガバナンス・コード3.0」は、DX経営に求められる5つの柱の1つに「成果指標の設定・DX戦略の見直し」を置いています(出典:経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0」)。自己診断の道具としては、IPAが提供するDX推進指標もあります。
やらないことを先に決める
DXが止まる原因の多くは、やることが多すぎることです。3か月のあいだ「やらない」と決めておくことを、先にリストにしてください。
3か月やらない7つ
当社が最初の3か月について「やらない」とお願いしているのは、次の7つです。
- 2業務目に手を出さない。1業務目が回るまで、他の業務は棚卸しの表に置いたままにします
- ツールの比較検討を2週間以上やらない。比較に時間をかけるほど、決められなくなります
- 全社員向けの説明会をやらない。3人の試験に全社の合意は不要です
- 中期計画の作文をやらない。3年後の姿を書く作業は、1業務が動いてからで間に合います
- 補助金の申請書を書かない。対象業務が補助金の要件で決まる事故を防ぎます
- システム会社に相見積もりを取らない。A4一枚の手順書ができる前の見積は、比較になりません
- DX推進という名前の会議体を作らない。週30分の定例で足ります
この7つは「永久にやらない」という意味ではありません。最初の3か月は同時にやらないという趣旨です。恒久的にやめるべき進め方についてはDXが失敗する理由で別に整理しています。
全社一斉を捨てる
7つの中で最も反対されるのが、3番目の「全社員向けの説明会をやらない」です。「公平性のために全員に説明すべきだ」という意見が必ず出ます。
それでもお勧めしない理由は単純で、全社説明をすると全社の期待値が上がり、3人の試験が失敗できなくなるからです。失敗できない試験は、無難な業務が選ばれ、無難な結果に終わります。
説明が必要になるのは、4か月目以降、実際に広げるときです。そのときには数字があるため、説明も具体的になります。中小企業のDX推進全体の考え方は中小企業のDX推進にまとめています。
やらないことの見直し日
やらないことリストには、見直す日を書いておいてください。3か月後の判定会がその日です。
判定会では、7つのうちどれを解除するかを1つずつ決めます。全部を一度に解除しないことがコツです。たとえば「2業務目に着手する」だけを解除し、残り6つは次の3か月も維持する、という決め方をします。
社内説明で使える言い方
進め方が決まっても、社内で説明できなければ動きません。相手によって言い方を変えます。
経営者への説明の型
経営者への説明は、4行で足ります。この形をそのまま使ってください。
- 対象は「(業務名)」です
- いま月( )時間かかっています
- 3か月後に月( )時間まで下げることを目指します
- (日付)に、この4つの数字を見て、続けるか止めるかを判断してください
この形が強いのは、経営者に「承認」ではなく「判断の日程」を求めている点です。承認を求めると「検討する」で止まりますが、日程は決められます。
現場への説明の型
現場への説明も4行です。順番が重要で、最初に不安を消します。
- これは仕事を増やす話ではありません
- 「(やめる作業)」をやめるための試験です
- 期間は1か月、対象は( )さんを含む3名です
- うまくいかなければ元のやり方に戻します
4行目の「元に戻します」を明言することが最も効きます。現場が抵抗する理由の多くは、道具が嫌なのではなく、後戻りできないことへの不安です。
使わない言葉を決める
社内説明で使わないほうがよい言葉があります。言い換え表を作りました。
| 使わない言葉 | 言い換え | 理由 |
|---|---|---|
| DX、デジタル変革 | (業務名)の手順を変える | 範囲が大きすぎて自分事にならない |
| 全社最適 | この3人のやり方をそろえる | 誰が損をするのかが見えず身構える |
| データドリブン | 月に何時間かかったかを見る | 意味が伝わらず、他人事になる |
| 効率化、生産性向上 | (作業名)をやめる | 人員削減の話だと受け取られやすい |
| AI活用 | 下書きを機械に作らせる | 過大な期待と過大な不安を同時に生む |
「DXという言葉を使わないのは逃げではないか」と聞かれることがあります。当社の考えは逆です。言葉を使わずに中身を進められるなら、そのほうが速いというだけの話です。定義そのものを社内で共有したい場合はDXとAIの違いをお使いください。
データで見る進め方の差
ここまでの進め方を、公的な調査データで裏づけておきます。社内資料に引用していただいて構いません。
協調できている会社の差
前述のとおり、経営者・IT部門・業務部門の協調は、成果が出ている企業で72.9%、出ていない企業で37.1%でした。あわせて、業務プロセスの最適化についても差が出ています。全社最適化が「完了している」「取組んでいる」の合計は、成果が出ている企業で53.8%、出ていない企業で29.5%です(出典:IPA「DX動向2026」)。
この数字の読み方には注意が必要です。中小企業がいきなり全社最適を目指す必要はありません。3人の1業務であっても、「関係者が同じ数字を見て話している」状態を作れば、構造としては同じです。
指標がある会社の差
DXの取組成果について、「成果が出ている」とした企業は2025年度で60.8%、一方で「わからない」と回答した企業も26.8%あります(出典:IPA「DX動向2026」)。4社に1社は、取り組んではいるが成果が分からない状態にあります。
成果の中身は、「コスト(人件費・材料費等)削減」が70.9%と最も高く、「従業員満足度向上」が42.4%と続きます。一方で「売上高増加」は17.9%、「利益増加」は19.6%です(出典:IPA「DX動向2026」)。
この分布は、進め方を決めるうえで重要です。売上増加を最初の3か月の目標に置くと、ほぼ確実に未達になります。時間の削減を目標に置くほうが、現実的で、しかも実際に成果が出やすい領域です。
中小企業の現在地
規模による差も押さえておきます。何らかの形でDXに取り組んでいる企業の割合は2025年度で75.7%ですが、従業員1,001人以上では98.7%に達する一方、100人以下では41.6%にとどまります。100人以下の企業が取り組まない理由の最多は「自社がDXに取組むメリットがわからない」で54.0%です(出典:IPA「DX動向2026」。調査の概要はIPA「DX動向2026 広がるAI導入、DXは変われるか」で公開されています)。
「メリットがわからない」への答えは、説明ではなく数字です。自社の1業務が月に何時間かかっているかを実測することが、最も早い解決策になります。だから1か月目が棚卸しなのです。
中小企業庁の白書も同じ方向を示しています。「2026年版 中小企業白書」は、デジタル化の取組段階について「段階2」と回答した事業者の割合が約6割を占めるとし、一方でデジタル化が図られていない「段階1」の事業者も一定数存在するとしています(出典:中小企業庁「2026年版 中小企業白書」第1部第1章第5節 デジタル化・DX)。段階2は「アナログな状況からデジタルツールを利用した業務環境に移行している状態」を指します(出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書」第1部第1章第5節)。
同じ白書は、中小企業の従業者一人当たり情報処理・通信費が近年増加しており、その内訳では「クラウドサービス使用料」が増加していることも示しています(出典:中小企業庁「2026年版 中小企業白書」第1部第1章第5節)。月額で始めて月額で止められる道具が、実際に主流になりつつあるということです。
生成AIについては、総務省「令和7年版 情報通信白書」が、何らかの業務で生成AIを利用していると回答した割合は日本で55.2%、活用方針を定めている企業の比率は2024年度調査で49.7%(2023年度調査は42.7%)と報告しています。ただし企業規模別に見ると、中小企業では「方針を明確に定めていない」との回答が約半数を占めます(出典:総務省「令和7年版 情報通信白書」企業におけるAI利用の現状)。
モデルケース|6か月の試算
ここまでの手順を、1社の例として通しで見ていきます。以下は実在の企業ではなく、当社が支援してきた複数の現場をもとに作成したモデルケース(試算)です。実績値ではありません。
試算の前提
設定は次のとおりです。
- 業種:金属加工業。従業員28名、うち事務3名
- 課題:受注はFAXとメールで届き、内容を既存システムに手入力。注文書は印刷して紙でファイル
- 体制:情報システム担当なし。主担当は総務課長(兼任)
- 試算条件:人件費は時給2,500円、月20営業日で換算
最初のご相談は「AIで受注入力を自動化したい」でした。棚卸しの結果、AIを使うのは3か月目からで、それより先にやめる作業が2つあるという結論になりました。
月ごとにやったこと
0か月目。社長が総務課長を主担当に指名し、3か月後の判定日をカレンダーに入れました。定例は毎週火曜の16時30分から30分です。ここまで所要30分、費用ゼロです。
1か月目。事務3名で30分の会議を3回。業務が12件出ました。1週間だけ開始と終了の時刻を記録したところ、受注入力が月36時間で最長でした。当初の想定より長く、社長の認識とはずれていました。
2か月目。判定表で採点した結果、受注入力が11点で1位になりました。内訳は、旧来の手入力にいつでも戻せるため2点、時間も受注件数も数えられるため2点、事務3名で完結するため2点、毎日発生するため2点、やめる作業を1行で言えるため2点、承認が2つあるため1点です。
やめる作業は「注文書を印刷して紙でファイルする作業をやめる」と1行で書けました。手順はA4一枚に収まり、道具は月額のAI-OCRと既存の表計算に決めました。
3か月目。事務3名で1か月の試験。2週目に1名が使わなくなり、理由を聞くと「入力項目が多い」でした。項目を8個から5個に減らしたところ、3週目から使い始めました。月末の判定会で「続ける」と決定しています。
4か月目から6か月目。同じ3名で、納期回答メールの下書き、請求書と納品書の突合へと進みました。他部署への展開は6か月目時点では行っていません。
削減時間の試算表
3業務について、着手月と工数の変化を試算した表です。
| 業務 | 着手月 | 手段 | 現状(月) | 導入後(月) | 削減時間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 受注入力と紙ファイル | 3か月目 | AI-OCRで読み取り、紙保管を廃止 | 36時間 | 15時間 | 21時間 |
| 納期回答メールの作成 | 4か月目 | 下書きを生成AIで作り、人が確認 | 18時間 | 8時間 | 10時間 |
| 請求書と納品書の突合 | 5か月目 | 受注データを流用し照合を自動化 | 20時間 | 11時間 | 9時間 |
| 合計 | 74時間 | 34時間 | 40時間 |
時給2,500円で換算すると、月40時間の削減は月額100,000円相当です。これに対する費用は、当社の導入支援が初期0円・月額50,000円、AI-OCRと生成AIの利用料が月額15,000円程度で、合計月額65,000円という想定になります。
ただし、この表で注目していただきたいのは金額ではありません。削減時間21時間のうち、AI-OCRそのものによる削減は一部で、残りは紙のファイリングを廃止したことによるものだという点です。道具が効いたのではなく、やめる作業を決めたことが効いています。
つまずいた3点と対処
この進め方で実際に起きやすいつまずきを、対処とセットで挙げます。
- 実測を始めた週に「測ることが仕事になっている」と言われた。対処は記録項目を開始と終了の2つだけに絞ること。作業内容の記述欄を作ると必ず止まります
- 取引先2社の注文書の書式がAI-OCRで読めなかった。対処はその2社を手入力のまま残すこと。最初から100%を狙わないのが定着のコツです
- 4か月目に社長が「営業部門にも広げたい」と言い出した。対処は判定会まで待ってもらうこと。範囲が広がると、1業務目の評価ができなくなります
3つ目は、経営者の関心が高いほど起きやすい現象です。0か月目に判定日を決めておくと、この場面で「その話は判定日に」と言えます。日付を先に決める効果は、ここでも効いてきます。
費用と補助金の考え方
費用の話は、対象業務が決まってからで間に合います。それでも先に知りたい方のために、内訳の構造を示します。
かかる費用の内訳
DXの進め方でかかる費用は4種類です。このうち2番目を見積もっていない会社が非常に多いため、あえて先に挙げます。
- 道具の利用料:月額のクラウドサービスやAIの利用料
- 社内の時間:棚卸し、定例、試験期間の記録にかかる人件費
- 外部支援:設定代行、伴走支援、研修など
- データ整理の一時費用:過去データの移行や名寄せが必要な場合
2番目の社内の時間は、最初の3か月でおおむね次の規模になります。棚卸しが30分の会議3回に3名で合計4.5時間、週30分の定例が12週で6時間、試験期間の記録が1名あたり月1時間程度。合計しても3か月で20時間前後です。時給2,500円なら5万円ほどの内部コストになります。
この数字を先に示しておくと、社内での議論が具体的になります。「本業が止まるのではないか」という不安の多くは、必要な時間が示されていないことから来ています。
当社の支援費用
当社の導入支援の費用は、初期費用0円、月額50,000円です。業務の棚卸し、最初の1業務の選定、3か月の進め方の設計、判定会への同席までを含みます。
お伝えしているのは、最初の1業務にAIが不要だと判断した場合は、そのとおりに申し上げるということです。転記の廃止や入力先の一本化で足りる場合は、その手順をお伝えします。業種ごとの具体的な支援内容は業種別のソリューションにまとめています。
補助金は後から考える
補助金については、対象業務が決まってから調べるという順番をお勧めしています。理由は、先に申請書を書くと、対象業務が補助金の要件で決まってしまうからです。
省力化を目的とした制度としては中小企業省力化投資補助金などがあります。制度の内容や公募の時期は変わるため、申請を検討される際は必ず公式の公募要領をご確認ください。制度の考え方は省力化投資補助金の解説で整理しています。
なお、補助金を使わずに始められる範囲は、思っているより広いです。最初の3か月にかかる外部費用は、月額の道具代と支援費用だけという設計が可能です。大きな設備投資が必要になるのは、基幹システムの刷新に踏み込む段階からで、その判断基準は基幹システム刷新の進め方で扱っています。
明日からできる3つ
最後に、この記事を読み終えた直後にできることを3つ挙げます。会議も予算も不要です。
今日中に業務名を3つ書く
紙でも表計算でも構いません。「いま最も手間がかかっていると思う業務」を3つだけ書き出してください。正確さは要りません。この3つが、1か月目の棚卸しの出発点になります。
今週中に時間を実測する
書き出した3業務のうち1つを選び、今週1週間だけ、開始と終了の時刻を記録してください。担当者が自分以外なら、その人に「1週間だけ、開始と終了の時刻をメモしてほしい」と頼みます。理由の説明は「時間を知りたいから」で十分です。
来週の会議で日付を決める
次の定例会議で、3か月後の判定日と主担当を決めてください。この記事で紹介した月別一覧表を印刷して持ち込めば、5分で決まります。
この3つが終われば、0か月目と1か月目の入口が完了します。DXの進め方で最も難しいのは着手であって、着手さえすれば手順は表のとおりです。
よくある質問(FAQ)
Q. DXは何から始めればいいですか
A. 業務の棚卸しからです。ツールの選定や補助金の検討ではありません。対象部署を1つに絞り、業務名、頻度、1回あたりの時間を書き出し、月間時間の長い順に並べてください。所要時間は30分の会議3回です。
Q. 棚卸しにどれくらいかかりますか
A. 対象を1部署または3業務に絞れば、30分の会議3回と、1週間の時間の実測で足ります。全社の全業務を洗い出そうとすると終わらないため、最初は範囲を絞ってください。
Q. 最初の1業務はどう選びますか
A. 記事内の判定表で採点してください。「止まっても困らない」「効果が数えられる」「関わる人が3人以内」「頻度が高い」「やめる作業を1行で言える」「承認が少ない」の6項目、12点満点で、9点以上が最初の1業務の候補です。
Q. 全社で一斉に始めたいのですが
A. お勧めしません。全社の期待値が上がると、3人の試験を失敗させられなくなり、無難な業務が選ばれます。最初の3か月は3人1業務に絞り、4か月目以降に同じ3人で業務数を増やすほうが速く進みます。
Q. IT担当がいなくても進められますか
A. 進められます。1人を探すのではなく、アカウント管理、データの置き場の決定、外部との窓口の3つに役割を割ってください。総務、業務の主担当、経営者または管理部門の責任者に分けると、属人化も防げます。
Q. 経営者が動いてくれません
A. 承認を求めるのをやめ、判断の日程だけを求めてください。「3か月後のこの日に、この数字を見て、続けるか止めるかを決めてください」という頼み方です。予算の話を先に出すと、検討で止まります。
Q. 現場が協力してくれません
A. 説明の順番を変えてください。「仕事を増やす話ではありません」「この作業をやめるための試験です」「期間は1か月、対象は3名です」「うまくいかなければ元に戻します」の4行です。最後の一言が最も効きます。
Q. どのツールを選べばいいですか
A. 対象業務が決まる前にツールを選ぶと、業務のほうがツールに合わせられてしまいます。決めてから、月額で止められる、今のデータをそのまま入れられる、担当者が1人で試せる、の3条件で選んでください。
Q. 効果は何で測ればいいですか
A. 月間時間、処理件数、手戻り件数、利用率の4つです。時間だけを見ると、繁忙期を過ぎて件数が減っただけなのに効果が出たと誤読します。件数で割った1件あたりの時間で比べてください。
Q. 3か月で成果は出ますか
A. 1業務であれば時間の削減は見えます。ただし最初の3か月は、成果を出す期間というより進め方を社内に覚えさせる期間だと考えてください。売上増加を3か月の目標に置くと、ほぼ確実に未達になります。
Q. 途中でやめてもいいですか
A. 構いません。判定会の選択肢に「やめる」を最初から入れておいてください。やめられない前提で始めると、無難な業務が選ばれ、結果も無難になります。やめた経験は、次の業務の選定精度を上げます。
Q. 補助金は先に取るべきですか
A. 対象業務が決まってからにしてください。先に申請書を書くと、対象業務が補助金の要件で決まってしまいます。最初の3か月にかかる外部費用は、月額の道具代と支援費用だけという設計が可能です。
Q. 費用はいくらかかりますか
A. 費用は道具の利用料、社内の時間、外部支援、データ整理の4種類です。社内の時間は最初の3か月で20時間前後が目安です。当社の導入支援は初期費用0円、月額50,000円です。
Q. 支援会社に頼むべきですか
A. 頼んでよいのは道具の設定、手順書の型づくり、他社のつまずき事例の共有です。対象業務の決定、やめる作業の決定、現場への説明は自社でやってください。ここを外部に渡すと、判定会で誰も決められなくなります。
Q. 基幹システムは先に替えるべき
A. 多くの場合、先ではありません。基幹システムの出力データを使って周辺業務から手を付けるほうが、着手が速く、失敗しても影響が小さくなります。刷新か延命かの判断基準は基幹システム刷新の記事で扱っています。
まとめ|順番を守れば進む
DXの進め方について、この記事の要点をまとめます。
- 順番は棚卸し、やめることの決定、道具選びの順。道具から入ると、手間の大きい業務ではなく道具が得意な業務が対象になる
- 0か月目に決めるのは3つだけ。3か月後の判定日、主担当1名の名前、週30分の定例の曜日と時間。費用も稟議も不要
- 1か月目は棚卸しのみ。30分の会議3回と、1週間の時間の実測。記憶で書いた時間は当てにならない
- 最初の1業務は12点満点の判定表で選ぶ。止まっても困らない、効果が数えられる、関わる人が3人以内が中心の条件
- 2か月目に「やめる作業」を1行で書く。書けないなら着手しない。書けてから道具を選ぶ
- 3か月目は3人で1か月試し、判定会で3択で決める。「もう少し様子を見る」は選択肢に入れない
- 4か月目以降は人数でなく業務を増やす。同じ3人の2業務目が最短経路
- 測るのは時間、件数、手戻り、利用率の4つ。成果指標を設定している企業は23.9%にとどまる
- 3か月のあいだやらないことを7つ決める。全社説明会、中期計画、補助金申請書、相見積もりは後回し
- 社内説明ではDXという言葉を使わない。「何時間」「何をやめる」「3人で1か月」で話す
DXの進め方に、特別な知識は要りません。必要なのは、いちばん手間のかかっている業務を1つ選び、月に何時間かかっているかを実測し、3か月後の判定日をカレンダーに入れることだけです。この3つが終わっていれば、残りは表のとおりに進みます。
当社はAI導入支援を行う立場から、業務の棚卸し、最初の1業務の選定、3か月の進め方の設計、判定会への同席までをお手伝いしています。その業務にAIが不要だと判断した場合は、そのとおりにお伝えします。費用は初期0円、月額50,000円です。業種別の相談内容は業種別のソリューションからご覧いただけます。まずは「どの業務から手を付けるべきか」だけでも、お気軽にご相談ください。
関連する内容は、自社の段階の判定はDXとAIの違い、止まる原因の分解はDXが失敗する理由、推進全体の考え方は中小企業のDX推進、古いシステムの扱いは基幹システム刷新の進め方にまとめています。


